文芸誌の広く深い海を泳ぐ。
浅井茉莉子
私は『文學界』編集部に入って通算6年目になります。金原ひとみさんや綿矢りささんの担当なのですが、鶴我さんもそうなんですよね?
鶴我百子
私も担当してます。『新潮』編集部4年目になります。担当が同じと知っていてもお話する機会はなかなかないので、今回楽しみにしていました。浅井さんは今『文學界』のリレーエッセイ「私の身体を生きる」を担当されているんですよね。
浅井
昨年の2月発売号で、作家の島本理生さんからスタートした連載です。「体と性について書いていただきたい」とざっくりした依頼で、毎号違う方にお願いしています。
鶴我
どの方も筆が乗ってますよね。なかでも村田沙耶香さんが書いた回は強く印象に残っています。
じっくり取り組む小説とは違って、半月ほどで書いてもらうリレーエッセイってスピード感がある作業じゃないですか。だから筆が進むテーマを立てることが編集者の腕の見せどころだと思うんです。「私の身体を生きる」はそれに成功しているなって。
浅井
それは嬉しいです。確かに創作に比べるとスピードが求められるけれど、ボリュームがある連載でもあるので、できるだけスケジュールに余裕を持てるよう努めています。
鶴我
『新潮』でも「街の気分と思考」というリレーエッセイをやっていて。これは「身体」をテーマの一つにしているんですが、「私の身体を生きる」はもう一歩踏み込んでるとも感じています。私がやりたかった(笑)。
バラエティ豊かな日記企画。
浅井
やりたかった企画ってありますよね(笑)。私は『新潮』の日記企画が大好きです。数年に1回、日記で1冊作ってますよね。
鶴我
2021年2月発売号でも「創る人52人の『2020コロナ禍』日記リレー」を作りました。2020年に週替わりで52名の方に日記を書いてもらって1冊に。『パンデミック日記』という書籍にもなりました。
浅井
作家の日記は昔から面白い作品として成立してますよね。でも、それを1年通していろいろな方に連続して書いてもらうというのは発明だなって。
鶴我
実はこのスタイル、初めてやったときは大江健三郎さんが1人目でした。編集長が「依頼しちゃったから」と、そのあと1年分作ったと聞いてます。
浅井
名企画に逸話ありですね。それにしても大変そう……。
鶴我
1年かけて作るので体力勝負です(笑)。でもどんどん原稿が集まっていくときの「すごいことになってきたぞ」っていう感覚はこの号ならでは。また味わいたいですね。
浅井
次も楽しみにしています。日記を読むのは本当に楽しいです。『すばる』の巻頭連載「こんなことしてていいのか日記」も必ず読みます。それに、文芸誌でカラーページがあるのは『文學界』と『すばる』だけ。そこを日記にして、文章だけではなく写真入りで読めるなんて贅沢です。
『文藝』は昔から面白い。
鶴我
近年の文芸誌を語ろうとするなら、『文藝』の話題は欠かせませんよね。2019年のリニューアルはとりわけ印象的でした。
浅井
編集者のみならず、広く注目されていますよね。季刊誌だからということもあり特集のボリュームもスケールが大きい。リニューアル1号目は「天皇・平成・文学」、今発売している号は「母の娘」という具合です。連載「韓国・SF・フェミニズム」も特集のような作りで印象に残っています。
鶴我
すごく勇気がある雑誌だなあと感じます。でもリニューアル前からそうだったと思っています。というのも、個人的に『文藝』史上の神号は2017年秋季号の「現代文学地図2000→2020」なんです。
浅井
社会を縦軸、物語性を横軸にして、今活躍する作家たちがどこに位置するのか、一望できるマップがついた号ですね。
鶴我
「この作家はこの位置づけなんだなあ」と、当時は一読者として面白いなと思って読んでいたんですが、文芸誌編集者の立場になると相当大変な作業だっただろうなと思い直して。自分の位置づけに不満を覚える人もいるはずじゃないですか。
浅井
確かに、いろんな作家との関係があってこそ文芸誌ができていることを思えば生半可には作れませんね。
鶴我
そういう意味で、作家ではなく読者の方を向いた勇気ある雑誌だと思うんです。
浅井
編集者のやりたいことが、結果的に読者の「読みたい」ものを作り出している。その感覚が一冊に乗っかって、これだけ話題になっているのかなと。
鶴我
リニューアルも見逃せないけれど、やっぱり新しい文芸誌の誕生は気になりますよね。最近だと佐々木敦さんが編集長を務める『ことばと』。
昨年10月に発売した最新号では、佐々木さんが司会で、千葉雅也さんと村田沙耶香さんが対談されていました。こういう場が増えるのはまず読者として嬉しいです。
浅井
ほかにも、辻本力さん編集の『生活考察』も多くの作家のかたが文章を書いているし、最近では作家がZINEを作って独自に発信することも増えましたね。
書評の奥深い世界。
鶴我
文芸誌の書評のページは必ず目を通します。なかでも『群像』の「創作合評」は企画としても面白いと思っていて。1人が1冊を評するのではなく、3人が3冊について語り合っています。
浅井
『群像』の長寿企画ですね。私も毎回楽しみにしています。例えば芥川賞なら選考会があって選評は読めるけれど、選考中の議論まではわからない。そこを読めるのが「創作合評」ですね。
鶴我
作品をどう読んで、どう読み解いているのか、頭のなかを覗くような感覚があります。文章量が多く、読むにも時間がかかる鼎談だけど、なにかを読み込むにはそれなりの時間がかかることを教えてくれている気がします。
浅井
個人的には、鼎談のはじめに誰か一人が語るあらすじが好きです。1ページほどかけてあらすじを話すんですけど、そこで「この小説、こんな内容だったのか」と気がつくこともある(笑)。
鶴我
わかります(笑)。書評だと、『文學界』の「新人小説月評」も必ず読んでいます。文芸誌に掲載された新作のなかから『文學界』編集部が決めた作品すべてを書評する、文芸誌ならではの企画ですよね。この書評企画2つは文芸誌が配られたらまず読んでいます。
浅井
え、文芸誌が配られてるんですか?編集部員全員に?
鶴我
五大誌は1人1冊ずつもらってます。でも編集部員5人だけなので。
浅井
こちらは4人なのに……。羨ましい(笑)。
(1)『文學界』
1933年に創刊した文藝春秋の月刊誌。当時は文化公論社から発売。36年から文藝春秋刊行になる。44年に廃刊し、47年文學界社から再刊。66年以降、文藝春秋から発行。公募賞に「文學界新人賞」。毎月7日発売。
要注目の連載企画:「連続対談『“恋愛”の今は』」/2021年11月号からスタート。ライターの西森路代が様々なジャンルの作り手をゲストに迎えて、現代の恋愛の描かれ方を考える連続対談。
(2)『群像』
1946年に創刊した講談社の月刊誌。この出版社で最も長い歴史を持つ雑誌でもある。公募している主な文学賞に、小説を対象にした「群像新人文学賞」。野間文芸賞、野間文芸新人賞の発表も行っている。毎月7日発売。
要注目の連載企画:「論点」/筆者が独自の視点でテーマを設定し論じる、群像の定番企画。毎月3名が執筆。「“文×論”を打ち出している『群像』ならではのページ。視野が広がります」(浅井)
(3)『文藝』
1933年に創刊した河出書房新社の季刊誌。創刊は改造社。44年に河出書房刊行になり、57年に休刊。62年に復刊。当時は月刊誌だったが、80年代以降季刊誌になる。公募する文学賞に「文藝賞」。1月、4月、7月、10月の7日発売。
要注目の連載企画:「文芸的事象クロニクル」/文筆家、ゲーム作家の山本貴光が季刊の合間の3ヵ月の間に起きた文芸にまつわるニュースを年表にして紹介。日本のみならず世界の出来事を知ることができる。
(4)『新潮』
1904年に創刊した新潮社の月刊誌。前身は、新潮社の創業者である佐藤義亮が1896年に創刊した『新聲』。公募賞に「新潮新人賞」。三島由紀夫賞、川端康成文学賞、小林秀雄賞などの発表媒体でもある。毎月7日発売。
要注目の連載企画:「私の書棚の現在地」/2022年2月号からスタートした新連載。「書評なのだけど、評者自身が取り上げる本を選ぶという、一風変わった作り。エッセイのような読み心地もまた魅力です」(浅井)
(5)すばる
1970年に創刊した集英社の月刊誌。創刊当時は季刊誌としてスタートしたが、76年から隔月誌に変更となった。79年には月刊誌になり、判型も現在のA5判に変わり今に至る。公募の賞に「すばる文学賞」がある。毎月6日発売。
要注目の連載企画:「往復書簡曇る眼鏡を拭きながら」/2022年2月号スタートの新連載。翻訳家であるくぼたのぞみと斎藤真理子による往復書簡。翻訳家・藤本和子をめぐるやりとりが楽しみ。