Visit

能登の人と自然に魅了されたフランス人シェフ、リオネル・ベカが現地に通い、伝え続けたいこと

2024年の元旦に地震が起きてから、10回以上能登に通っているという東京・銀座のレストラン〈ESqUISSE〉のシェフ、リオネル・ベカ。訪ねるのは、石川・七尾市〈Villa della Pace〉の平田明珠シェフや輪島の〈L’atelier de NOTO〉の池端隼人シェフ、地元の漁師さんや野菜の生産者さんたち。11月に能登に赴き、平田シェフ・池端シェフと3人のコラボレーションダイニングイベント「NOTO NO KOÉ II」を行った。また池端さんが現在運営する〈mebuki-芽吹-〉では子供たちと一緒にクレープのワークショップを行った。

Photo&text: Lionel Beccat

はじめに 能登の美しさについて

言葉にできないもの、人を引きつけるものとその理由を説明するのは、とても難しい。私たちは、場所を選び、相手を選び、情熱を注ぐ対象を選ぶこともあれば、逆にこちらが選ばれることもある。数年前、まさに私は能登に選ばれた。

それ以来、私は能登に魅了され続けている。美しい大地、光が放つ言葉、包み込むように静かな海、そして能登に暮らす人々。能登の人々は私の魂を揺さぶり、人間という存在に対する私の視点を変えた。能登の人々はこの世界に生きること、人間の存在の意味を知っている。空の声、風の声、かすかに揺らぐ自然に耳を傾け、その傍らで日々の暮らしを営む。

能登ではたくさんの尊い心の持ち主と出会った。そのうちの何人かは私の大切な友だちになり、彼らと出会えたことに日々感謝している。幾度となく能登を訪れるうちに、私の感覚は高められ、目に触れるものが私の魂と共鳴し、少しだけよい人間になったように感じることがある。

能登半島の豊かさはあまりにも深く、簡単には言い尽くせない。もっと能登へ通い、自分の感覚で、肌で、腹の奥底から能登を感じて、能登の息吹を取り込み、身体中に沁み渡らせなければ、きっと言葉にはならないのだろう。

時々この土地には神の一部が宿っていると感じることがある。能登には崇高な宿命と、果たすべき役割があるのではないかと思う。

しかし、能登は一瞬にしてその姿を変えてしまった。2024年1月1日、正確には午後4時10分9秒、それまで能登の人々の調和ある暮らしを支えて来た地面が未だかつてない揺れとなって反乱を起こしたのだ。281人が命を失い、1287人が負傷し、数千を超える住民の生活が悲しみと不安に飲み込まれた。能登の文化が、大切に守って来た能登の生活様式が脅かされ、震災以来人口の1/3が能登半島を去った。

経済的、社会的、そして心理的な影響は計り知れない。もしメディアが取り上げなくなれば、能登の話題は消え、何も起こらなかったかのように忘れ去られてしまうだろう。人によって置かれた状況が違うため、能登の状況はとても複雑だ。悲しみや消失、壊滅状態から立ち上がるには長い時間と勇気が必要だ。

しかし、能登の人々の魂は、能登の土地のように強く、彼らはひるまない。復興の道のりはすでに始まっている。あの元旦から能登に生きる人々は各々に、未来に希望を求めて、力強く戦っている。強い魂を武器に、傷口が癒えるまでは戦いをやめず、能登の文化を守り抜こうとしている。

どこから話したらいいのか、言いたいことはたくさんあるけれど、ひとつだけ言うとすれば、能登を訪れて欲しい。あなた自身の目でこの美しい土地を発見して欲しい。外から人が来ることは、能登の人々にとって今一番の助けとなる。彼らはあなたが来るのを待っている。

NOTO NO KOÉ

11月には、七尾の中島町にある〈Villa della Pace〉で、オーナーシェフの平田さん、震災で全壊した輪島のフレンチレストラン〈L’atelier de Noto〉の池端シェフと3人で料理をした。能登の自然は震災前と変わらず寛大だった。私たちはその恵みを料理に変換し、能登を訪れる方々にも能登に住む方々にも、能登の素材の奥深い美味しさを手渡し、この土地の素晴らしさを感じ取っていただいた。

そのあと3人で輪島に移動して、輪島の子どもたちとクレープを作った。子どもたちの明るい笑い声は今も私の頭の中で響いている。その夜は、池端シェフが輪島に開いた居酒屋〈MEBUKI-芽吹-〉を一晩だけビストロにして、輪島に住む皆さんにビストロ料理とワインを楽しんでいただいた。元旦の震災以来、初めて家族と外食を楽しんだ、という方もいて、温かく幸せな時間だった。

こうして私たちは料理を作り、笑い、分かち合い、他者を思い、傷ついた人々の心を少しでも修復しようと試みた。能登の魂の再建は、多くの思考と良心と、気遣いを要する長期間のプロセスになるだろう。まだまだやるべきことはある。癒しを必要としている人がたくさんいる。「能登は豊かなで寛大な土地」という私たちのメッセージが明確に世の中に伝わるまで、私たちが立ち止まることはない。

人々の苦しみを和らげるために、料理人である私たちにできることは限られているかもしれない。けれども私たちは、失われた世界を再び豊かにする術を知っている。有機的生命を理解し、見えないものの声を聞くことができる。

この歩みに多くの人が加わってくれることを期待しながら、自分たちにできることを続けたいと思う。なぜなら能登の美と能登に住む人々は、いかに高潔で、意義深くこの世を生きてゆくべきかを教えてくれるから。

私たちの旅は続く…