あの時代の音が、ついにリリース
もともと、作曲家でありアルファミュージックの創設者でもある村井邦彦が、細野晴臣にプロデューサー契約を持ちかけ、日本人が楽曲を制作し海外のシンガーをプロデュース、世界発売するという企画であった。
村井はアルファ設立当初から海外戦略を視野に入れており、ふさわしいシンガーを探していたところ、ルイジアナ生まれのクレオール・シンガー、リンダと出会う。ちょうど細野が『トロピカル・ダンディー』(75年)、『泰安洋行』(76年)といった無国籍エキゾティックサウンドを発表し、ニューオーリンズの音楽に興味を示していた時期でもあり、2人はリンダを気に入り、白羽の矢を立てた。
作家陣には細野をはじめ山下達郎、矢野顕子、吉田美奈子、佐藤博らを起用。演奏は林立夫、鈴木茂、浜口茂外也らティン・パン・アレー系をはじめ、村上“ポンタ”秀一、松木恒秀、大村憲司、坂本龍一、向井滋春、伊集加代子らが参加。
各楽曲は、細野が傾倒していたワールドミュージック系はもとより、現在言われるシティポップに通じる音作りがなされ、海外でも通用する日本のポップスが、リンダの英語によって展開されている。
本作がお蔵入りになった結果、多くの楽曲がリメイクされているのもよく知られるところ。山下達郎作の「Love Celebration」は77年の笠井紀美子『TOKYO SPECIAL』で安井かずみの日本語詞により「バイブレイション」に、さらに山下自身も元の英語詞でアルバム『GO AHEAD!』でセルフカバー。
「Proud Soul」は作者・吉田美奈子が「猫」の題で78年の『愛は思うまま』に、佐藤博の「Vertigo」も自身の82年作『awakening』に「It Isn't Easy」として収録された。矢野顕子作の「Laid Back Mad Or Mellow」は、やはり笠井の「待ってて」に生まれ変わっているもよう。
当時、お蔵入りの理由として、リンダのボーカルの弱さが挙げられた。ソウルフルに歌い上げる歌唱ではなく、曲によっては単調な印象も受けるものの、クールで端正な歌声は細野作品との相性も良く、今聴くとむしろポップな印象を受ける。
その後、リンダは男女混成のディスコファンク・グループ、ダイナスティに参加。プロジェクトが頓挫した細野は、村井に次は何をするかと問われ「イエロー・マジックをやる」と答え、これがYMOの結成に繫がっていく。本作を聴くことによって、70年代ポップシーンのパズルの、最後の1ピースがぴたりとはまるのだ。