心を動かす広告は、どのようにして生まれるのか
柔らかな光に包まれて、それぞれの時を静かに過ごす男女。離れた場所にいる2人を“手紙”がつないでいる——。
揺れる風鈴、金魚の水槽、木々の揺らめきの中に清らかな人物を置き、静かなやりとりを表現した、2025年春の〈パルコ〉のシーズン広告。ノスタルジックな恋模様を美しい画面に描いたのは、中国の写真家でクリエイティブディレクターを務めたレスリー・チャンだ。
これまで〈ルイ・ヴィトン〉や〈プラダ〉をはじめ、数々のブランドのキャンペーンを手がけ、ファッション界で注目すべき世界的クリエイターの一人として評価されているが、日本企業が起用するのは今回が初めてのこと。映像はSPRINGとSUMMERの前後編で一つの物語として描かれ、先に公開されたSPRING編「春叙」で早くも、その雅やかな世界観に驚かされた。
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「今回、初々しい2人の恋を描くことで、私が育った90年代の中国で見たシンプルな愛の形をもう一度見つめ直したいと考えました。手紙を書いて純粋に思いを伝えていた当時のロマンティックな時間に浸ってもらえたらと思っています」
時代の恋を描く手段として、かつてのアナログなコミュニケーションを柱にしたレスリー。物語は2人の男女が春にお互いを知って手紙でのやりとりを始め、夏になってようやく出会うというシンプルなもの。穏やかな時間の流れの中で、変わらない日常というものの美しさや、小さな喜びが浮き彫りになる。
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「私にとって〈パルコ〉は最も先駆的なブランドの一つであり、ファッションもこの作品で欠かせない要素の一つとなっています。そしてテーマとした恋愛のシンプルさは世界共通ですから、上海を舞台に90年代を描いても、国際的に受け入れられるものになる。撮影・編集をすべて終えて全編を通して観た時、自分が作り手であるという感覚を超えて、とても感動しました。それはまるで自分自身が本当にこの幻想的な瞬間を生きていたかのように感じた瞬間でもありました。私にとって良い広告とは“見せる”のではなく“感じさせる”ものだと思っています」
作り手である自らをも感動させる仕事はどのようなバックボーンから生まれたのだろうか。様々な作品をクリエイティブに、センスよくビジネスに落とし込むために意識していることを聞いた。
「クリエイティビティとは、美を理解し、創造することができる力です。その能力は、自身の願望や育った環境での経験や記憶と結びついていて、それらをうまく抽出して研ぎ澄ますことで、センスが磨かれると信じています。私はDouyin(中国版TikTok)を使うなどオンラインでも多くの時間を過ごしますが、できるだけたくさんのものを見て、批判的になることが大切ですね。信頼するチームと共に仕事をする中で、彼らのアイデアが作品を特別なものにすることも多いです」
多様なイメージを創出するための情報収集とチームワーク。何より自身を磨くことが、素晴らしい創作の裏にある。
「クリエイティビティは、常に個人的で多様であるべきです。そして私たちクリエイターには、自分たちのアイデアを表現する創造的な方法を見つけ、世界が共感できるものを生み出す使命があります」
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パルコと広告
60年代後半から広告キャンペーンに新進気鋭のクリエイターを起用し、育ててきた〈パルコ〉。
レスリーも影響を受けたと話す、パルコ広告の礎を築いた石岡瑛子をはじめ、山口はるみ、井上嗣也、YOSHIROTTENら、時代のユニークな作り手と共に商業とアートの境を超えるビジュアルを生み出してきた。それは単なる商品の宣伝にとどまらず、個性や多様性など、その時々の社会的ムーブメントを反映。その歴史は今も受け継がれ、関心を集め続けている。手紙でのコミュニケーションをモチーフにしたレスリーの広告表現も、忘れていた感情を世の中に届ける、時代の心に響く贈り物となるだろう。