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舞台は感情が消去される近未来。映画『けものがいる』ベルトラン・ボネロ監督にインタビュー

感情を消し去る“浄化”が推奨された2044年・パリ。ベルトラン・ボネロはそんな近未来を起点に、感情を浄化するなかで前世の記憶を辿る女性の、100年を超える愛の物語を描き出す。メロドラマとSFの融合、時代を超越する展開、衝撃の結末……フランスの鬼才はかつて観たことのない、刺激的で挑発的な映画を作り上げた。

text: Yusuke Monma / edit: Emi Fukushima

メロドラマとSFを融合させた、時代を超越する、刺激的で挑発的な物語

——初めにメロドラマを作ろうと考えて、この作品に取りかかったと聞いています。なぜメロドラマだったんですか?

ベルトラン・ボネロ

これまで扱ったことのないジャンルだったからです。未知のことに挑みたいと思うのが、映画監督というものの性分ですから。そして斜に構えた見方でなく、真正面から人間の感情と向き合いたかったんです。

——そもそもメロドラマとは、いったいどんなものを指しますか?

ボネロ

この2人は絶対に愛し合っていると観客が考えるのに、当人たちは無自覚で、気がついたときにはすでに遅い。それがメロドラマの物語です。原作となるヘンリー・ジェームズの中編小説『密林の獣』は、何度も読み返してきた作品ですが、これは映画にはできないだろうと脇に置いてきました。ところが今回メロドラマに取り組もうと考えたとき、これ以上の筋書きはないと、改めて引き戻されたんです。

——原作小説と異なり、主人公が女性に脚色されていますが、ダグラス・サークしかり、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーしかり、優れたメロドラマは女性を主人公とするものが多いですね。

ボネロ

おっしゃる通りです。その理由の一つには、戦争に行く男たちと、夫や恋人を戦争で亡くす女性たちという対比があったのかもしれません。思うに、そうやって苦悩を抱えた女性たちが、これまでメロドラマの主人公になってきました。

レア・セドゥ『けものがいる』

——本作が主に扱う感情は、“愛”に加えて“恐怖”です。ここに描かれる恐怖の本質とは?

ボネロ

恐怖も、ジェームズの原作にすでに書かれていたものですが、それがなぜ恐怖かというと、把握することができないからです。よく把握できないことが、どうやら起きそうだという予兆を感じる。当然、予兆は目に見えません。その恐怖感は映画にとってうってつけの題材だと思います。

——本作の驚くべきところは、メロドラマであると同時に、3つの異なる時代を行き来するSF作品でもあるところです。なぜSF的な設定を取り入れたんですか?

ボネロ

着想はもちろんジェームズの小説でしたが、もう一つ描きたいと思ったのは、人類とテクノロジーの関係についてです。先ほど恐怖感の話をしましたが、現代人の多くが抱えているのは、未来のテクノロジーに対する恐怖ですね。

——だからか、本作では2044年の近未来がまるでディストピアのように描かれます。

ボネロ

ただ現代社会は想像をはるかに上回るスピードで進展していて、すでに現代がディストピアの様相を呈しています。2028年くらいに設定しておけばよかったかもしれません(笑)。

——本作はメロドラマとSFを融合させることで、他に類を見ない映画になっています。QRコードを観客に読み取らせ、エンドクレジットを表示するというやり方も前代未聞です。映画を発展させること、進化させることには意欲的ですか?

ボネロ

ええ。映画をめぐる状況はますます変化して、さまざまなプラットフォームの登場により、映画と観客の関係も変化しています。それでも映画は絶対に消滅しないし、さらに進化していくはずだと、私は信じています。今回のようにバジェットの大きな作品だと、プロデューサーは尻込みしがちです。でも私自身は、今までに観たことのない映画を作り出さなければいけないと考えています。

——そのように刺激的かつ挑発的な作品を作る、あなたの同志と呼べる映画監督は存在しますか?

ボネロ

フランスならレオス・カラックスでしょうか。日本には黒沢清がいますね。彼は新たなテリトリーを開拓し続けています。デヴィッド・クローネンバーグも刺激的な作家です。そしてデヴィッド・リンチ。今年に入って亡くなってしまいましたが、彼は常に私を刺激してくれる作家でした。

『けものがいる』
監督:ベルトラン・ボネロ/出演:レア・セドゥ、ジョージ・マッケイ/1910年、2014年、2044年……各時代の愛の記憶を辿る、ある女性の壮大な旅。4月25日、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国順次公開。