過去の遺物を甦らせることで、未来の考古物を発掘する
老舗の料亭やお茶屋が軒を連ねる京都の花街・祇園。デザイナー、現代美術家の髙橋大雅が“総合芸術空間”と名づけた店〈T.T〉は、古き良き時代の面影を残す花見小路の裏通りにある。
総面積50m2ほど。1階は洋服やアート作品を販売・展示するギャラリー、2階には予約制の茶室〈然美(さび)〉。店名はブランド名であり、今は亡き主人のイニシャルだ。
「ここは髙橋が物件探しから携わった場所。大正時代初期の町家で、以前は1階が呉服店、2階が茶室だったそうです。彼が構想していた形態“洋服と日本の美術の源流・茶の湯の融合”と偶然にもリンクしたところに運命を感じたようです」。と語るのは店長の中田侑さん。木材はすべて100年前の古材、解体された古い神社や町家の廃材を用いた。壁は漆喰、床は三和土(たたき)という古くから続く技法によって作られている。
「採光にこだわり、時間によって表情が変わります。音楽はなく、髙橋の作品であるつくばい『無限門』の水の流れる音が唯一のBGMです」
髙橋大雅は15歳で渡英、海外で多くの時間を過ごし、日本人としての自己表現を探す中で、古くなることで出てくる味わいや朽ちていく様子に美しさを見出す「さび」という日本古来の時間の意識に影響を受けた。ヴィンテージの蒐集家(しゅうしゅうか)でもある髙橋の服作りは、100年以上前の衣服ともの作りを研究し、日本古来の伝統技術を用いて現代に甦(よみがえ)らせるという試みである。
「代表作といわれるカバーオールやバンドカラーシャツは1910年代の古着からの着想。デニムはあえてストア系といわれる〈J・C・ペニー〉のヴィンテージがモチーフ。100年前の古着が今まだ存在するように、古くからの伝統技術を用いることで100年先にも残る服を作ることを目指していました。ファッションデザインをするのではなく、永遠に続くプロダクトを探し続けるブランドだと思っています」
2023年3月まで西陣の老舗が運営する〈HOSOO GALLERY〉で開催されていた『時間の衣─髙橋大雅ヴィンテージ・コレクション』展。膨大な古着に見られたシンプルな美意識は、今後ブランドがまだまだ続いていくことを予感させるものだった。「過去の遺物を甦らせることで、未来の考古物を発掘する」というブランドコンセプトは、同時に髙橋のすべてに通じる時間の概念だ。
「〈T.T〉の1階に飾られた玄武岩の彫刻は、イサム・ノグチの石の彫刻制作を20年以上にわたって支えた石彫家・和泉正敏さんとの共作であり、店舗に置かれた椅子はジョージ・ナカシマの家具を作り続けている〈桜製作所〉に製作を依頼したもの。西洋と日本、過去と未来。すべてが彼のテーマでもありました」
同様に、茶の湯に惹かれ、それをモダンに解釈した茶寮〈然美〉。和菓子職人とパティシエの共作による伝統と革新が融合した和菓子を日本茶やカクテルとのペアリングで提供するこの空間にもその哲学が息づいている。
「髙橋はめったに店頭に立つことはありませんでしたが、この空間が好きでよく遊びに来ていました。自分の洋服には使わなかった“完璧”という言葉を、この店には使っていたのを鮮明に覚えています。人見知りでしたが、好きなものについて語りだすと1時間でも2時間でも話し続けるような人物。その熱量が彼の魅力でした。衣服、美術作品、茶の湯、店のすべてが彼の作品。この空間を通して髙橋大雅という人物を伝えていけたらと思っています」
まずは訪れてみてほしい。静謐な心地よい空間で、不在の店主の存在を確かに感じられるはずだから。