三者三様の個性を持ちながらオリジナルの本を作り、今やその本が全国で売られている〈誠光社〉と〈nowaki〉と〈ミシマ社の本屋さん〉。本屋による本作りはどんなきっかけから始まった?
本を作る理由 1:
イベントを、作家性を、本の形で拡張させる。
堀部篤史
誠光社の最新刊『アウト・オブ・民藝』を持ってきました。著者の軸原ヨウスケさん、中村裕太さんは以前から仲良くしていて、去年、うちの店で全5回のトークイベントを開催したんです。書籍化を前提にイベントを企画して、イベント時には民藝関係の本も販売して、トークの内容を書籍にまとめるという三毛作です。
筒井大介
nowakiは家人が店主で、僕は店も手伝いつつ、フリーランスの編集者としていろんな出版社と仕事をしています。自分たちでも本を作りたいと考えて、最初に刊行したのがミロコマチコさんの『ねこのねかた』です。実はこれ、ミロコさんのデビュー作『オオカミがとぶひ』に出てくる本。絵本の中の本を実体化させませんか?と提案しました。
三島邦弘
架空の本なんだ!筒井さんにしか作れない本ですね。
筒井
担当編集者という立場を活かしつつ、作家が普段出さない表現に触れられるものにしたいと思っています。きくちちきさんの『みんなみんな』も担当本『みんな』からのスピンオフ。世界観を継承しながら、より自由に描いてほしいとお願いしました。
商業出版とは別の、作家にとって新しい表現を気兼ねなく試してもらえるという意味でとても楽しいです。
堀部
それってまさに、ミシマ社さんの新しいレーベルにも通じるような話ですよね?
三島
そうですね。僕らは2019年7月に少部数レーベル〈ちいさいミシマ社〉を立ち上げまして、1冊目が『ランベルマイユコーヒー店』です。実はこれ、画家のnakabanさんが10年以上聴き続けているオクノ修さんのコーヒーの歌を、どうしても絵本の形で出したいとおっしゃって。
詩も絵も素晴らしいのに、子供はコーヒーが飲めないという理由で絵本出版社ではノーと言われてしまいがち。けれど、コーヒーを淹れながらこの詩を思い出すだけで、今日はいい一日だと思える人もいるだろうし、そんな人にとってはかけがえのない一冊になる。
そうした本を出したい!とレーベルを立ち上げました。同じ頃に仲野徹先生からいただいたのが『仲野教授のそろそろ大阪の話をしよう』。大阪でしか売れんかもとは思いましたが、コアな層には面白がってもらえるニッチな本になったはずです。
筒井
本のこれからを考えた時にとても意義深い試みですよね。この先は、どれくらいのペースで刊行していくんですか?
三島
12月に1冊、2020年からは年6冊くらいで考えています。
堀部
おぉ、結構出しますね。
三島
これまでお話をいただいても実現できなかったものが結構あるんですよ。ミシマ社が謳う「小さな総合出版」というスタンスは維持したいと思っているので、エッジを効かせつつ『仲野教授のそろそろ大阪の話をしよう』のような、コアとはいえ大衆向けでもある本も出す。
両極端な2冊を最初に出せたことで、ジャンルを問わない、いろいろな可能性を残せたのは良かったと思います。
筒井
nakabanさんは僕も何冊か編集を担当しています。様々なお仕事を拝見していて、nakabanさんって漫画描けるんじゃないかな?と以前から思っていたので打診して、そこから生まれたのが『よるもや通信集』です。
いざ描いてもらったら素晴らしくて、2年後には第2弾となる『Turpentine』も制作しました。それを見た出版社の方がnakabanさんに挿絵を漫画で依頼したり、という広がりもあって嬉しかったです。
本を作る理由 2:
売れる本ではなく売りたい本を作りたい。
堀部
僕が最初に本を作ったのは〈恵文社 一乗寺店〉にいた頃で、自分で企画したイベントをベースにした『コテージのビッグ・ウェンズデー』でした。ここで本作りのフォーマットができた。
まぁ本屋という立場で考えるならば、仕入れて売るより自社で作って売るのが一番利幅が高いというのはあるんですよね。
筒井
nowakiも仕入れたものと自社商品を販売していますが利幅は大きく違います。新刊書店は本当に大変だと改めて実感しました。
三島
僕は東京に拠点を置きながら、8年前に京都の南の城陽市にオフィスを作ったんです。でも住宅街で本屋さんも少ないから、地元の人にミシマ社の本を見てもらえない。じゃあ自分たちで作っちゃおうと本屋さんを始めました。
せっかくなら他社の本も直接仕入れさせてもらおうと交渉したら、夏葉社、ナナロク社、アルテスパブリッシング、河出書房新社、筑摩書房、リトルモアにも初回から協力してもらえた。本屋として素人だったからこそ実験的なやり方を試すことができたと思います。
堀部
僕も独立前に〈ミシマ社の本屋さん〉を見に行って、取次を通さないこんなやり方があるんだ、とすごく参考になりました。
三島
堀部さんにそういってもらえるのは本当に嬉しいです。本屋さんを始めて良かったのは、わずかだったとしても小売りの現場の感覚を体感できて、それを編集や営業に活かす循環が出てきたこと。その後京都市内に移転、昨秋ここに引っ越しして今は月1回の本屋さんとして営業しています。
本を作る理由 3:
顔の見える作家の本を店を通し読者に届けられる。
堀部
僕ら3人、立ち位置こそ違うけど、編集、出版、小売りすべてを兼ねるっていう共通点があるよね。これが大きい組織だったら分業化によって全体像が損なわれがちだけど、本屋も出版社も規模が縮小すれば、編集も出版も営業も小売りも最終的には個人の仕事へと収斂されていく。
小規模化によって、本に関する仕事の全体像が取り戻されていくんです。出版、もっと言えばわれわれの仕事が情緒に近づいていくんですよね。ミシマ社さんが、数万部売れる益田ミリさんや内田樹さんの本と並行して、これまで出せなかった本を作る。筒井さんが作家の新しい一面を掘り出す。それってすごく健全ですよね。
売れる本ではなく売りたい本を作って、自分の言葉で説明して、直接読者に手渡せる。
三島
そう!売れなくていいというんじゃなくて、その本を喜んでくれる人に届けたいんですよ。
堀部
気持ちに、生活に近いものを作る。仕事と生活が近いのは、京都の土地柄ゆえ、ということは言えるのかもしれない。
筒井
京都ってやっぱり地方都市なんですよね。東京に比べたら家賃も安いし個人店が成立しやすい土壌がある。コミュニティが狭いからつながりもできやすい。いい感じの緩さがあるし、顔が見える近所付き合いができるんですよ。
堀部
例えば〈六曜社〉の奥野修さんのように、拡大ではなく、同じスタイルで継続することをよしとする先輩と、街場で日常的に会話できるわけです。そういう“狭さ”って実はありがたいことだと思うんです。
三島
そうですよね。僕は京都に戻ってかれこれ7年ですが、こういう規模で、顔でつながっている先輩方がいらっしゃると、儲かりゃいいんだという仕事のやり方はできないですから。
筒井
東京だととりあえず旗を立てて、何かやるぞー!やってるぞー!と叫ぶところから始まりますもんね。
三島
旗が立派であるかより、あるいは、数字的な結果がどうかより、あくまで生活者としてどう生きているか。京都ではその前提が何より問われている気がします。
堀部
消費者じゃなくて生活者なんですよね。本の作り方にしても、縁もゆかりもない有名作家にオファーして、売れる本を作るのではなく、知名度はなくとも近くにいる才能を発掘して紹介してあげる。
それは売り上げ以前に気持ちのいいことだし、その作家が成長することが結果的にその店ならではのコンテンツになっていく。自分の周りの小さいところで経済圏を作っていくような感覚ですね。
三島
それに、あまり知られていなかった著者が京都から発信されて知られていくのは嬉しいです。
筒井
マメイケダさんの『味がある。』も、堀部さんが作ってお店で展示もされてましたよね。マメちゃんとは、僕も『おなかがへった』という絵本を作ってnowakiで個展も開催しました。スケラッコさんやミシシッピさんの本を編集したり、創元社の人と知り合って『あの日からの或る日の絵とことば』という本を作ったり。
土地の近い人たちと仕事ができるようになって、京都にいる意味がだんだんと出てきたことが嬉しいです。
堀部
でも結局、本屋にスポットが当たるだけでは本末転倒。ここは声を大にして言いたいんですが、本屋では本棚を見てほしい!
筒井
どのお店に行ったかじゃなく、そこでどんな本を見つけて、どんな著者を知って、何を買うか。本屋だけじゃなくて、本自体がブームになるといいですよね。