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カナヅチから魚突きの道へ。銛一本で巨大魚と対峙する、スピアフィッシャー・小坂薫平の冒険譚

過酷な環境に身を置くだけでなく、時に命の危険をさらしながらも、挑むことをやめない冒険者たちがいます。何が彼らを駆り立てるのか、何に喜びを感じているのか。日本人初となるスピアフィッシングの世界記録を樹立した、小坂薫平が語る冒険譚と、その理由。


本記事は、BRUTUS「冒険者たち。」(2025年7月1日発売)から特別公開中。詳しくはこちら

photo: Koh Yamaguchi / illustration: Yoshifumi Takeda (map) / text: Yuriko Kobayashi

銛一本で巨大魚と対峙する、“剥き出しの命”の駆け引き

「やっぱり敵わないなぁ、あの魚には……」。日本最南端に近い島に遠征中の小坂薫平さんは、そこでの巨大魚との格闘を振り返って、つぶやいた。小坂さんは素潜りかつ銛(もり)一本で巨大な魚を突くスピアフィッシャー。2021年に189㎝、86.1㎏のイソマグロを獲り、世界記録を樹立。他の魚種を含めると6つの世界記録を保持し、この夏は100㎏超のイソマグロ捕獲に挑んでいる。

「イソマグロは“デビル・フィッシュ”とも呼ばれ、人間が一呑みにされてしまうほどの口には鋭い歯があります。銛で突くと猛烈な勢いで海底へと潜るので、激流の中に引きずり込まれたら終わり。己の命を懸けて挑まないと太刀打ちできない相手だからこそ、向き合いたいんです」

実は小坂さん、大学に入るまでは完全なカナヅチだった。

「泳げないからこそ海の中のことが気になって。海洋学者になろうと東京海洋大学に入学、ひょんなことから入った素潜りサークルで海と魚突きの面白さに目覚めました」

初めて大きなヒラメを突いた瞬間、銛から伝わる振動に圧倒された。

「その時、魚突きという行為の本質がわかった気がしました。多く獲りたい、食べたいという欲求ではない。納得のいく大物に生身で、本気で挑みたい。純粋にそう思ったんです」

イソマグロが回遊するのは激流が渦巻くエリア
イソマグロが回遊するのは激流が渦巻くエリア。素潜りするだけでも命懸けの海で、強烈なパワーを持つ巨体と格闘する。銛が深く刺さっても、簡単には死なない。

以来、年間200日以上を海で過ごし、魚を突いてきた。

「国内で巨大サワラを狙っていた時、いい感じで銛が入ったと思ったら、あっという間に体長2m以上あるサメが20匹くらい集まってきて。魚を抱えて、足ヒレでサメを蹴飛ばしながら船まで泳ぎました。苦労して獲った魚だから絶対サメに渡したくなくて、腕か脚か1本くらいなくなっても仕方ないと思いながら。船に上がって魚を引き揚げようした時、海から黒い水柱がぐわーっと上がって、次の瞬間、魚が消えてました。サメに横取りされたんです。絶対リベンジするぞ!って、また海に入りましたが、サメの勢いがすごすぎて、すぐ我に返りました(笑)」

取材の数日前、巨大なイソマグロに銛を放った。30分ほど水中で綱引きをした末、魚はぐったりと力を失った。水面まであと5m。巨体を引き揚げようとした時、魚は最後の力を振り絞るように銛が刺さった己の肉と皮を引きちぎって、逃げた。驚いたのはそのあとだった。

「普通なら一目散に海底に逃げていくはずが、そいつは僕の真下に戻ってきた。握り拳ほどある大きな目でこちらをジッと睨んで、ゆっくりと海中に消えました。内臓はズタズタに傷ついて、瀕死の状態だったはずなのに。最後の最後に、自分を苦しめたやつの顔を見に来たのかもしれません。すごい魚ですよ、あれは」

巨大魚と対峙するたび、「自分には何かが足りない」と感じてきた。ロープを通して伝わる猛烈な力。その感覚を小坂さんは「魚から僕に対する命懸けのしっぺ返し」と言う。

スピアフィッシングでは水中銃の使用も許されるが、小坂さんは手銛一本
スピアフィッシングでは水中銃の使用も許されるが、小坂さんは手銛一本。素材は変われど、人類が魚を獲る道具としては最古のもの。

「身一つで洗濯機の中にいるような激流に潜り、銛一本で魚と対峙する。海の中に引きずり込まれたり、サメに襲われたりする恐怖がなくなることはない。でもそれは“剥き出しの命”として自然から等しく扱われる体験にほかなりません。僕を睨んでいった魚もそうですが、命と命の駆け引きをして初めて見えてくる自然の姿というものを、僕は見たい。ただそれだけなんです」

取材の3週間後、小坂さんから105.5㎏のイソマグロを獲ったとメールが届いた。詳細は書かれていなかったが、こう添えられていた。

「今、イソマグロへの情熱はこれまで以上にたぎっています。これがスタートラインなのかもしれません」

小坂さんの冒険を感じる旅先へ

与論島
鹿児島県・与論島
九州と沖縄本島の間にある与論島は、白い砂浜と海の透明度の高さから「東洋の真珠」ともいわれる。薩摩と琉球が融合した独自の文化も魅力。「人が住んでいる島なのにサンゴが元気で、海も澄んでいるのは素晴らしいこと。アクセスがそこまで悪くないのに、これほどの海に潜れるのは最高です!」(小坂)
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