メロウな楽曲と独特の展望
「学生時代からダンスをやっていて、クラブで技を磨きながら、ジェクスキスといったボーカルグループのバックダンサーも務めていました。当時からジャズも好きで、キャノンボール・アダレイ『枯葉』(1958年)での、マイルス・デイヴィスのトランペットにしびれ、曲に合わせてよく踊っていました。兵役が終わり、ダンスではなく、自分でも同じメロディを奏でたいと思ったんです。ところが、当時は知識が乏しく、間違えてサックスを手に入れてしまって(笑)。
音楽スクールで演奏や楽譜の読み方、ジャズのサークルではアンサンブルを学んだ。そのうちに、ライブハウスなどで演奏する機会が増えていきました。
その最中、2008年に映画『ホテル・ハイビスカス』(02年)などを観ていて興味を持った沖縄へ、サックスを持って行ったんです。国際通りでストリートミュージシャンと夜通しセッションし、沖縄民謡やカチャーシーを知りました。その後も、日本の文化をもっと知りたくて、何回か訪日しています。横浜の沖縄民謡酒場や下北沢のジャズバーでセッションしたり。3月の来日公演には、バーでの即興のセッションと違い、あらかじめ僕の曲を知っている人がたくさん来てくれて、嬉しかった」
配信では全13曲の『Love Japan Edition』は、冒頭を飾る美しいピアノの「Shine Like a Sunlight」、ビートの隙間を十分に取った心地よい「Moonlight」などのインストや、歌手のイ・ハイを迎えたバラード「Bye」や、サミュエル・セオが歌う「Story」など、ボーカル曲も出色の出来映えだ。
「歌は好きなので、可能な限りアルバムごとに入れるようにしています。メロディと曲に関する物語を作ったら、歌い手に渡してリリックを作ってもらう。ハイさんは世界的に活動しているシンガーで、ソウルミュージックを基礎にした、歌い上げるような曲が多い。ところが『Bye』のデモを渡したところ、“淡々と歌いたい”と提案があり、静寂感の溢れる美しいアレンジにしたんです」
好きだからこそ、一線を引く
個性派揃いの韓国ジャズシーンについて質問しようと思ったところ、意外な回答が返ってきた。
「ご存じの通り、韓国には昔からモダン期を受け継いだ即興演奏をする人からアバンギャルド派まで、素晴らしいジャズミュージシャンがたくさんいる。ジャズと真摯に向き合う音楽家に敬意を払い、私自身もマイルスやファラオ・サンダースから大きな影響を受けましたが、フリーフォームな自分の音楽はジャズではないと考えています。
実際『Love Japan Edition』には、さまざまな音楽的な要素があると思います。例えば、近年の制作スタイルは、ベッドルームミュージックからの影響が強い。実際に家のリビングで寝っ転がりながら、iPadのGarageBandで曲のベーシックとなるバックトラックを作り、そこに生演奏を重ねていく。録音技術にも興味があって、『Dopamine』という曲では、ローファイなサックスの響きにしたくて、マイクジャックにiPhoneのイヤホンを差し込んで録音しました。
音響的な実験は、ピアニストのハウシュカなど、ドイツの電子音楽家の作品からインスパイアされていて。まぁ、彼らは寝っ転がって作曲はしないと思いますが(笑)。とにかく美しく、リラックスできる楽曲を作りたいと思っています」
今後の目標も、ユニークかつ、想像を超えたものだった。
「韓国は人口が少ないため、エンターテインメントビジネスで成功するためには、海外で大ヒットする必要がある。それを叶えるため、私は3つのプロジェクトを考えています。まずは、現在のスタイルにも通じる、スピリチュアルで、美しいバラードを作ること。
2つ目は、正反対の形式になりますが、日本の演歌から影響を受けたトロットで、ヒット曲を出したい。90年代に海外でも流行ったポンチャックに近く、こぶしを効かせたボーカルが面白いんですよ。
3つ目は、韓国には土着の神を信仰する人々が行う、ムーダン(巫堂)という憑依降神の儀式がある。太鼓やドラなどの打楽器を中心とした楽器を奏でながら、クッ(祈禱)を唱える。音楽的にはトライバルなもので、非常に興味深く、自分流に解釈し、一枚アルバムを作りたい。魔除けの効果もありますが、実は会社の開業式などでも行われる神事なので、うまくいけば売れるんじゃないかと。
私自身、このいでたちですから、自分のおばあちゃんに、神事を執り行う“巫になった”と言ったら、信じられた経験がある(笑)。ちなみに『Love Japan Edition』のジャケットは、自分でお札のようなデザインをしたんです。神様の代わりに、大好きなパンダを描きましたけどね」