全国に40店舗を展開する「豊前裏打会」。チェーン店ではなく屋号もバラバラだが、いずれも喉越しのいい麺とごぼ天をはじめとした天ぷらの美味しさに定評がある。その総本山といえるのが、北九州市の〈津田屋官兵衛〉。行列は連日絶えることがなく、“聖地”の麺を求め、香川を飛び越えて愛媛からも客が訪れるほど。
店主の横山和弘さんが「豊前裏打会」を立ち上げたのは1990年代の後半。“裏打会”という名前は「うどんの本場・讃岐が表ならば、自分たちは裏の存在。本流ではない我流で麺を極めたい」と命名した。看板に“うどん”ではなく“麺”と掲げるのはその想いの表れだ。
30代の頃、会社の事業の一つとして関わることになった開業当初は麺もスープも出来合いのもの。だが次第に讃岐や博多のうどんを食べ歩き、独学で麺の改良に挑んでいった。
そして転機となったのが、隣県の佐賀でうどん店を出店しないかと誘われたこと。ただ、当時店で出していた麺ではダメと言われ、視察として大分の名店に連れて行かれた。
「透明感があって表面は柔らかいけど、真ん中はムギュとした弾力がある。讃岐をはじめさまざまな麺を食べてきましたが、その一杯は衝撃でした」(横山さん)
それからは麺の研究にさらに没頭。北九州の店舗の営業が終わってから車で1時間半かけて佐賀に移動。そこで深夜営業を行ったあと朝方に北九州に戻るという生活を半年間続けるなど、麺に人生をかける土台が築かれていった。
店ではオーストラリア産や国産など3種の粉をブレンドし、高温と低温を組み合わせて熟成させる。横山さんはモチモチ感をあえて落とし、ツルッとした喉越しが楽しめる麺を目指している。
もともと稲庭うどんをはじめとする東北の細麺が好きだという横山さん。
温かい麺用と冷たい麺用で太さの異なる麺を使い分けるが、どちらも一般的なうどんの範疇に収まらない細麺タイプ。特に冷たい麺に使う2.5mmの細麺は、口に入れた瞬間から喉を駆け降りるまで甘美な食感(触感)が続く。
「豊前裏打会」では、麺作りの細部は各店の裁量に任されているが、必ず守るべき掟の一つに麺の茹で方がある。麺の個性を最大限生かせるように、茹で上げ時には必ず指で麺の状態を確かめ、ピンポイントで茹で時間を探るようにしている。
「営業中も麺を茹で続けることで茹で釜の状態は変わります。繊細な麺をベストな状態で提供するには、指で触って確かめるのが一番なのです」(横山さん)
「豊前裏打会」の店舗を象徴するトッピングがごぼ天。どんぶりからはみ出して刺さる巨大なフリスビー型の天ぷらはインパクトも絶大。滑らかな麺と、シャキシャキとしたごぼうの組み合わせも楽しく、くせになる味だ。
74歳にして現場に立ち続ける横山さんだが、近年、年齢を感じることも増えたという。そんなとき、頭に思い浮かぶのは末期癌でも最後まで店に立ち続けた妻の真知子さんのこと。
「僕も妻と同じくやっぱり店が大好きなんです。だから体が動く限りは店に立ち続けたいなと。具体的には80歳が目標でしょうか。その後は店をそして自分の引退と同時に『津田屋官兵衛』も一代限りで閉じてもいいかなと」
そう幕引きを語りながらも、すぐに話題は今後の目標へ。
「この店を閉じたら、今度は細麺専門店に挑戦したいですね。細麺の釜揚げうどんやかまたまうどん、きっと美味しいと思うんですよ」
情熱の衰えを知らないレジェンドが生み出す麺に、これからも目が離せない。