空間の持つ“居心地の悪さ”に、身を委ねながら
公開中の映画『ピアニストを待ちながら』で主演を務める俳優の井之脇海さん。夜の図書館に閉じ込められた男女5人の掛け合いを描く本作の撮影は、全編を通じて早稲田大学国際文学館、通称・村上春樹ライブラリーで行われた。
「村上さんの作品に親しんできた身としての嬉しさや感慨があった一方で、そのクリーンで洗練された空間に、不思議と居心地の悪さも感じました。生活感がないからなのか、どこか肌触りがないというか。その違和感こそ、置かれた状況に戸惑う主人公の瞬介を演じるうえで、すごく大切にした感覚です」
“不在”を考えることで際立つ、映画の尊さ
「脚本を何度読んでも、どういうことなんだろう……と。でも、その難解さこそが惹かれた点です。自分なりの解釈を見つけて演じていくことに、挑戦し甲斐を感じました」
主演作の『ピアニストを待ちながら』について、そう話す井之脇海さん。彼が演じる瞬介を筆頭に、一向に夜の明けない図書館に閉じ込められた男女5人が、なぜか演劇の稽古に没頭していく風変わりな物語だ。この詩的な脚本世界を表現するため、スタッフや共演者と話し合いを重ねたという井之脇さん。特に劇中劇の場面は、丁寧に作り上げていった。
「セリフは決まっていましたが、身体表現は、劇中でも稽古を率いる行人役の大友(一生)くんと貴織役の木竜(麻生)さんを中心に皆で考えていきました。彼らと瞬介がかつて共に演劇を作っていたことが示唆される物語の過程を、疑似体験できたような感覚です」
初タッグとなった七里圭監督とも密なやりとりを繰り返した。演技面のみならず、撮り方の意図にも耳を傾け生かす点は、自主映画の製作経験もある井之脇さんならではだ。
「今作は影を印象的に使っていて、七里さんはライティングの角度にまでこだわっていたので、演者の立ち位置についても厳密に話し合いました。僕は芝居の外側にある意図まで把握できた方が、タスクがわかってやりやすいタイプ。七里さんの伝えてくれる言葉に、納得感を持って進めることができました」
劇中彼らが興じる演劇には観客がいないことを筆頭に、一貫して描かれるのは“不在”。そこには、いつしか当たり前になった非接触のコミュニケーションの奇妙さも暗示される。
「この主題に向き合う中で、かえって気づかされたのは、フィジカルな関わりがあってこそ成り立つ映画作りの尊さでした。人と人とが顔を突き合わせることで初めて生まれるのが映画。だからこそ、面白いんだと思います」