僕は坂本さんの「ソンドク」です
映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)やドラマ『イカゲーム』(2021年)の音楽監督として知られるチョン・ジェイルは、2018年に坂本龍一と対談したことがある。ソウルで展覧会「Ryuichi Sakamoto Exhibition: LIFE, LIFE」が開かれるのに合わせ、中央日報が企画した。ジェイルは「ソンドクです」と、顔をほころばせた。ソンドクとは、「成功したオタク(ソンゴンハンドック)」の略語で、ファンが推しに出会えた時などに使う。「直接会話を交わしたなんて、とてつもないことでしょう?」。
実際に坂本に会って握手をするだけで震えるほど緊張したが、坂本の優しい語り口のおかげですぐに打ち解けたという。「坂本さんの特徴は、黙っているとすごいカリスマだけど、笑うと子どもみたい」
坂本の展覧会を坂本と一緒に見て回りながら、ジェイルは告白した。「僕がこの世を去る時、最期に聴きたい曲は坂本さんの『andata』です」と。「『andata』は短いフレーズが少しずつ変化しながら繰り返され、世界の果てまで聴いていたいと思うのに、ある瞬間、終わりを告げるコードに変わる。ああ、終わるのかと、何度聴いても聴くたびにそんな気持ちになる」。好きな曲を挙げればきりがないが、アルバム『async』と『12』が最も心に響いた。「無駄なものが何もない。精髄だけが残ったと感じた」。
最初に坂本の存在を知ったのはいつだったか、記憶は定かでないが、恐らく映画『ラストエンペラー』で坂本がアカデミー賞作曲賞を受賞した頃だったと語る。「それよりも、最初に会ったのが、偶然だったんです」。
1997年、ソウルの大学路(テハンノ)を歩いていて、出くわしたのだという。ジェイルは当時まだ10代半ばだったが、すでに著名アーティストと共に音楽活動を行っていた。その一人が韓国の打楽器集団「サムルノリ」の金徳洙(キム・ドクス)で、当時坂本は地雷ゼロキャンペーン「ZERO LANDMINE」で金徳洙と共に活動していた。
金徳洙に「ジェイル!」と呼び止められて振り向くと、金徳洙の隣に坂本龍一がいた。「ソウルの道端で巨匠にばったり会うなんて」。金徳洙は坂本に「天才です」とジェイルを紹介した。
ジェイルが坂本の音楽に本格的にはまっていったのは、仕事で日本へ行った時、運よくチケットが手に入った坂本龍一と大貫妙子のコンサートがきっかけだった。坂本の楽曲に歌詞を付けて大貫が歌うコラボレーションアルバム『UTAU』の公演で、坂本の楽曲の素晴らしさを再発見し、この頃から坂本の熱烈なファンとなった。『UTAU』の「Poppoya(鉄道員)」はジェイルが好きでよく弾く曲の一つだ。
坂本とジェイルの幻のコラボ企画案もあった。2018年の南北首脳会談で共演する案があったが、坂本の体調面の不安もあって残念ながら実現しなかった。一方、ジェイルは南北首脳会談での公演で脚光を浴びた。音楽監督を務め、自らもピアノ演奏で参加した。坂本との対談はこの後だった。坂本はサムルノリなど伝統音楽を生かした舞台だったことにも触れ、冷や汗が出るほど感嘆したと語った。サムルノリは、2人の初対面のきっかけとなった金徳洙の弟子による演奏だった。
対談の後、直接会う機会はなかったが、メールを交わし、応援やお祝いの気持ちを互いに伝え合った。アポなしで東京へ行き、坂本の事務所にプレゼントを置いてきたこともある。自身が音楽監督を務めた『パラサイト』や『ベイビー・ブローカー』のCDとともに大量の平壌冷麺セットも届けた。対談の時に坂本が平壌冷麺が好きと話していたからだ。
坂本が音楽監督を務めた韓国映画『天命の城』(2017年)のファン・ドンヒョク監督は、『イカゲーム』の監督でもある。「ファン・ドンヒョク監督も坂本さんのファン。一緒に作品を作ったんだから、僕よりもソンドクですよね」。ファン監督に坂本のことを聞くと、「とっても繊細で厳格」と話していたという。
坂本さんは、人生そのものをお手本にしたい人です
坂本の映画音楽では、『レヴェナント:蘇えりし者』(2015年)に最も驚かされた。「非常に余白の多い音楽。音と音の間に雪山があって、凍った湖があって、山水画を見ているようだった。映画を見る前に音楽を聴いて、すでに映画の風景を見たような気持ちになった」
ジェイルは、テクノ・ミュージックからオペラ、バルセロナ五輪での指揮など、地球上のあらゆる音楽に携わってきた坂本龍一を「新たな道をつくった人」だと言う。「唯一無二の存在。ビートルズのようなバンドが再び出てこないように、坂本さんのような作曲家も今後出てこない。音楽はすべての芸術の友達です。映画も舞踊も演劇も音楽を必要とし、それを坂本さんが最前線で引っ張っていた点で、最も影響を受けました」。原発反対などの社会的活動にも触れ、「人生そのものをお手本にしたい人」と語った。
坂本の特別な点として、あらゆる素材を使うことを挙げた。楽器でない物を楽器のように鳴らしてみる。例えばドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto:CODA』(2017年)にも出てくる、バケツを頭にかぶって雨の音を聴くシーン。「僕たちが海や風の音を聴いて何か感動を感じるように、坂本さんはそれを具現化しようとした。常に新たに学ぶ点のある人」。坂本の影響からか、ジェイルもノコギリなど様々な物を素材に音を奏でるという。
伝統芸能に対するリスペクトという点においても、坂本と共通している。ジェイルは実は能楽のファンであり、仕事と関係なく日本へたびたび能楽を見に訪れていて、四国まで足を延ばしたこともある。津軽三味線の上妻宏光とも共にライブ公演を行っているのだ。「伝統的な音楽は一人の人間の作曲でなく、数百年にわたって多くの人たちによって伝わってきたもので、いろんなアイデアをもらえる」。
これからの世代は坂本龍一の作品(レガシー)とどのように向き合えばいいのか聞いてみると、答えはシンプルだった。「ただ、聴けばいい」。ジェイル自身も聴くことを大切にしている。2023年にリリースしたアルバムのタイトルは「Listen」だった。コロナパンデミックと戦争の中で、互いに耳を傾けようというメッセージを込めた。「『Listen』こそ坂本さんに聴いてもらいたかったんですが……」
坂本からの最後のメールは、『イカゲーム』の大成功を祝う内容だった。誰も予測しなかった世界的ヒットとなり、坂本も共に喜んでくれた。訃報を聞き、「一時代が終わった」と思った。「だけども坂本龍一は永遠に残る」とジェイルは語った。
ジェイルが映画音楽の仕事に魅力を感じるようになったのは、ポン・ジュノ監督の『オクジャ/okja』(2017年)に携わった時からだという。「映像にいかに音楽で生命力を吹き込むか、制限のある中で追い込まれて閃く瞬間がある」とジェイル。引き続きポン監督の『パラサイト』、そして2025年に公開予定の『ミッキー17』、『イカゲーム』もシーズン1、2、3と連続して音楽監督を務めている。世界的に知名度が上がり、2023年はロンドン・シンフォニー・オーケストラと共演するなど、海外公演が増えている。
「実は幼い頃の夢はシンガーソングライターだったんです。歌がダメなのであきらめていましたが、歌のない音楽でもソロ活動ができるんだと分かった。これまでは歌手や映画などクライアントのための音楽をやってきて、やっと自分の音楽をできるようになった。この両方を一緒にやっていこうと考えた時、これは坂本さんの道だったと気付いた」。坂本からあらゆる面で影響を受けたジェイルは、今後どんな道を切り拓いていくのか。