こういう店が町にあると、暮らしていて気持ちがいい
パッと見、町の電器店。しかしよく見ると、ショーウィンドウにはトロピカルなシャツがチラリ。中を覗けば色とりどりの古着がびっしり並び、学校帰りの学生たちがTシャツを選んでいる。なるほど、リノベーションした古着店か、とぐるり店内を1周してみたが、レジも店員も見当たらない。常連客は慣れた様子で料金BOXにお札を投入し、服をレジ袋に入れて帰っていった。どうやら、ここは無人の古着店らしい。スタッフはいないけれど、スピーカーからはハワイアンが流れていて、居心地はとてもいい。
「自宅は歩いてすぐですが、普段はデザインの仕事をしていて店にはいません。週に2回仕入れがあるので、営業時間の前後に品出しをしてます。奥さんが手伝ってくれることもありますし、インスタは娘が、TikTokは息子が更新してくれます。気づいたら家族でバリバリやってますね」
普段は店にいない店主は、デザイン会社〈ザ・カンパニー〉を営む橘啓介さん。飲食店や販売店のデザインを請け負ううち、知見を広げるべく「お客さんに何かを売る経験をしたい」と考えるようになったという。
「でも店番はできないし、無人業態がいいんじゃないかと。そういえば横浜の日吉で無人店をやってる先輩がいたなと思って訪ねたら、そこが〈ステルナ〉という無人古着店だったんです。その流れで仕入れを請け負ってくれることになって」
古着の知識はなかったが、先輩を頼りに初の小売業に乗り出した。住み慣れた久我山で店舗物件を探そうとした矢先、知り合いが「ジャンボさんが空いたよ」と教えてくれた。昭和40年代創業の老舗電器店が空き家になったというのだ。とんとん拍子に話は進み、今年1月に物件を契約すると、3月にオープン。電器店が無人古着店に生まれ変わった。
「店内には“全自動洗濯機”や“カラーテレビ”と書かれたサインが残っていて、カッコよかったので内装は何もいじってません。照明を付け替えたくらい。レトロな感じが若い子たちにもウケてるみたいです」
セレクトの肝は“久我山っぽさ”。子供からお年寄りまでが暮らす住宅地であり、井の頭線を使う若者が途中下車する町。尖りすぎず、高すぎず、でも欲しい服が見つかる、そんな古着選びを心がけている。
「若い子たちはどこで作られていて、どんな素材か、なんて気にしない。感覚的に服を買っていくんですよね。僕の若い頃は古着というとこだわりの逸品という感じでしたけど、今はすごく軽やかでいいなと思います」
会計はハンガーに付いたタグを頼りにセルフで計算をする。価格帯は300円から3000円まで。それ以上高い服は置かないと決めている。
「家から徒歩で行く店に、高いものばかりあるのは違うなと。だから、品出し中にお客さんから“毎日1つ新しい服を買えるのが嬉しい”と声をかけられたときは、店を出して良かったなと思いました。こういう古着屋が町に一つあると、暮らしていて気持ちがいいじゃないですか」