「2000年代のJ-POPの歌詞は、等身大や共感に焦点を絞って書かれたものが多かった」そう話すのは、J-POPに精通する音楽ジャーナリストの柴那典さん。一つの要因が、“着うた”だった。
「今や着うたは失われた文化ですが、J-POPカルチャーの中では無視できないほどの影響があった。そこから女性シンガーソングライターのカリスマが登場し、その代表が西野カナ。彼女の歌詞の一番の特徴が、同世代の女子のライフステージに寄り添う歌詞。それが王道でした」
ところが2010年代に入ると、その時代に区切りがつき、シンガーソングライターたちの歌詞も変化。
「今の時代を象徴する女性シンガーソングライターといえばあいみょん。歌詞に注目すると、ほとんど女性に寄り添っていない。ジェンダーレスでいて、生死の過激な描写も出てくる。特にメジャーデビュー曲の『生きていたんだよな』は、自殺の描写もありすごくセンセーショナルでした。
そして、男性を代表するのが米津玄師。やっぱり彼も、歌詞のわかりやすさに重きは置いていない。代表曲の『Lemon』も、親しい人を亡くした喪失感がテーマになっている。2人とも、心の深いところをえぐるような曲を作っている。そして、普遍性があることも特徴ですね」
それに続く新世代のシンガーソングライターたちにも、その傾向は引き継がれているという。
「彼らは独自の感性と美学を追求していて、そこからことばが紡がれている。例えば、声の出し方を含めて中性的なところがあるのが、君島大空。共感よりも芸術性を追い求めるところも特徴です。そして、メッセージ性という部分もポイントになっていて、フォークの時代から、シンガーソングライターは自分の思いを届けるタイプが主流だった。
それは今も変わらないけれど、君島さんはメッセージ性よりも、詩的であることを大切にしている感じがする。崎山蒼志や折坂悠太も同じタイプ。歌っている対象やテーマがわかりにくく、一聴しただけでは難解。けれど、ことば選びやモチーフなど、歌詞の書き方に詩人としての美意識みたいなものが宿っていて、それが人々を惹きつける鍵となっています」
ほかにも、長谷川白紙や柴田聡子、中村佳穂らも、感覚的なことばを大切にしていると語る。
「数年前、作詞家のいしわたり淳治さんが、“音楽の楽が、薬になっている”、つまり、歌詞がサプリみたいに乱用されていると危惧していた。“頑張れ”とか“辛くない”と呼びかける直接的な表現が多かった。新世代のシンガーソングライターたちの表現は、それとは違う。個人の美意識や、壮大なテーマ、深遠なものを突き詰めていて、独自の美学が歌詞に宿っているんです」
折坂悠太
普遍性の中に滲(にじ)み出る異能さ
「抱擁」
握る手は 生まれたままに
あたたかく 拙い温度で
いかようにもとれるそぶりで
寄り添って戸惑う腕の中
嗚呼 ひねもす 波を見てる
好きになった あなたのこと
犬がなく 迫る重機の物音に
「落ち着くように」と
悲しみは 晴れに活路を見出して
鋼鉄のドアの外
嗚呼 草萠ゆ 街をかける
忘れないで こんな日のこと
影と日向 手を取り駆け抜けるよ
この地球の 裏の裏の裏の裏まで
嗚呼 選べぬ朝を迎え
気付きだした ひとつのこと
キスをあなたに
©2019 AMUSE INC.
崎山蒼志
原石ながら、光りすぎている新世代
「国」
時を止める 僕らだけの
幸せそうな 国をつくろう
かつて流した涙も忘れるくらいの
おとぎ話の世界で息をするの
形はなくても夢ではないの
街のはずれで座り泣いてる君と
キラキラした夜なんてもう見たくはないの
時を止める 僕らだけの
幸せそうな 国をつくろう
かつて流した涙も忘れるくらいの
月がきれいに光る ここは暗闇と
感情の渦にのった夜が踊った国
朝焼けのきれいさに息をのむ
別れを告げると季節にすぐ追い越されそうで
今、夏が終わってく
今、秋が始まる
今、冬が終わってく
今、春を感じる
笑っても無駄だよ、全部知ってるの
なぜだか不安になるの
ねえ君のはなしはなに
どう答えてもいいから
ねえ君のはなしはなに
揺れる木々がまた夢みたいに
ねえ君のはなしはなに
どう答えてもいいから
ああ、揺れる木々がまた微笑むと
僕は無性に苦しくなり 息もたてずに
逃げよう
長谷川白紙
身体性がテーマの前衛的歌詞
「毒」
ぶくぶく 震える水で
気づく 固まる 粒たちを
すり抜けよう
擬えよう
画像を目掛けて
吹き付け 体攫い 鍛えられる電気の山
目指すはそう
清き位相
ふわ 浮く 目つきで
囲い下ろして
二つ三つ
皮を増やして 飛び込む
膨らむ体 目線合わせ
氷を侵すまで少し
水面 照らし合わせて
毒を含み
息に合わせ
見えても見えなくても
光で僕が作る美貌
ぶくぶく 震える水で
気づく 高まる 解像度
LC 畳目の中
隠した目つきで
吹き付け 体攫い 鍛えられる電気の山
目指すはそう
清き位相
しなる砂浜まで
ちらつく水面の上
潮を待っているようだ
触れたら沈み弾け
毒を含み
息に合わせ
突起の混ぜこぜから
体を引き起こして
見えても見えなくても
光が僕を探す模様
柴田聡子
ポップなメロディと詞のギャップ
「結婚しました」
やっぱハワイより船に乗ろうよ 麦わらの影の網目
なんにも変わらないね こっちだけが休みで悪いね
うちのチワワと亀と鳥は今日も明日もまたかわいいね
閉じこもってしまう部屋は無い方がいいと思う
つくりもののまつげからこぼれ落ちる涙のうしろを
マツダの軽で追いかける泥まみれの赤い靴
芍薬でしょうか薔薇でしょうか あの日の花火を例えるなら
今好きなことどれくらい 好きでいられるかなんて話
夢見た 夢のために今日も なにもかもやりすごせそうな気配
はじめて大きな音をたてて こだわりのテーブルを叩く
よろこんで買って来た 箱の中身はちばてつや
振り返ると春夏秋冬と 気づかなくなってきた髪の毛の
色や長さに気をつけないと あっという間に謝れないまま
流れる川が ただ流れる 流れていくのをただ見て居る
だますよりはだまされる方が まだいい まだいい まだいいよ
雪もあんまり降らなくなって 暮らしやすい楽な北国
明日の朝の雨降りは ふたりでは持てぬ傘が要る
絵に描いてた梅は散ってしまい 枝だけ広がる画用紙も
許せるようになった日々が お待たせと頭を掻いて
広げた手はとぼけたふりして 何もかも知りながら待っていた
離されない手をただ離さないように 離されない手をただ離さないように