解説:二木 信(音楽ライター)
現代日本のラップは時代を反映している。リアリズムを追求するラップの特性ゆえだ。大切なのは、現実をいかに切り取り、うまく描写するか。ただ真摯に現実に向き合い、そこで得た個人的な経験や教訓をありのままに言葉にすればいいわけではない。
人々が真実味を感じ、イメージを喚起させられるリリック(歌詞)でなければ、時代の言葉にはなり得ない。今、支持と共感を得ているのは、ほんの数小節で時代のリアルをシンプルに捉えることのできるラッパーたちだ。
他者との結束は、無力な個人が生き抜くために必要不可欠。だが、分断の時代に集団性は容易に排除の論理と結びつく。そこで、東京都北区の千葉雄喜(元・KOHH)は今年発表した「チーム友達」で、クルーや地元の仲間といった排他性を伴う組織や集団でなく、より緩やかな“友達”との団結を高らかに謳い上げた。
実際、大阪や東海といった地域のみならず、ギャルが集結したリミックスも発表され、“友達ムーブメント”は広がっている。
そして、まさにギャルのマインドとファッションを個性とするのが、静岡県沼津のElle Teresa。彼女は、「Nail Sounds」で爪がこすれる“ギャルあるある”の生活音を起点に押韻を繰り出し(「カチ」と「勝ち」と「価値」)、自身の美意識を主張している。
さらに、友達との団結、美意識(何がイケているか、何がダサいか)とともに、現代日本のラップの重要なテーマは労働観と金銭感覚、つまり金。ここ1、2年で躍進した、今年20歳となるLANAは「BASH BASH feat. JP THE WAVY & Awich」で、遊びと労働がシームレスにつながり富を生む自身の音楽/アーティスト活動を誇っている。
享楽的なミュージックビデオが作る先入観に比して、活躍しているラッパーたちが実は労働倫理に厳しいという一面を見せる。王道の成り上がりを体現する“働き者のラッパー”といえば、徳島出身のWatson。
「Rags 2 Riches(feat. Watson)」のタイトルを直訳すれば、ずばり「貧乏人から金持ちに」。「お札」と「ご託」を対比させることで、いかに無駄口を叩かずにラップで稼いでいるかをユーモラスに伝えている。
そして、埼玉県熊谷の3人組、舐達麻のBADSAIKUSHは「ALLDAY」で、金やドラッグ、知らない他者との関係ではなく、ラップという芸術と一日中向き合い、魂の言葉を絞り出すことが重要だと歌う。
全編ではストリート叩き上げの経験と純文学からの影響を融合し、言葉に対して求道的であることを貫く。その中のとりわけ直截的な2小節における「興味無い」という素朴な否定は、現代の最高のパンクである。
*JASRAC申請中