
「モノクロームで浮き彫る情感」Jack Davisonの写真の話
photo: Jack Davison / text: Masae Wako / coordination: Tatsuo Hino
初出:BRUTUS No.995「写真はもっと楽しい。」(2023年10月16日号)

「僕にとって重要なのは、黒の強さとコントラストの強さ。黒をコントロールすることで、見る人の内面を揺さぶり、感情を引き出すことができるから。モノクロームはエモーショナルな表現だと思う」
そう話すのは話題の写真家ジャック・デイヴィソン。作品集『Photographs』が刷りを重ねるたびに即完売するなど世界的に注目されている。14歳で撮影を始めたジャックの“先生”は、ネットで探した歴史上の写真家たち。中でもマン・レイやウォーカー・エヴァンスなど1950年代以前のモダニストが、彼をモノクロの世界へと導いた。巨匠たちのセンスや技術を貪欲に吸収したジャックは、やがてそれをオリジナルの表現に昇華させる。自ら撮影した写真をもとに、リプリントや複雑な加工を繰り返す方法に辿り着いたのだ。

例えばここに犬の写真がある。
「怖い?ドキドキする?目が離せない?そう、被写体のことを知らなくても、感情移入したり奥に潜むものを想像したりできる。それが写真の可能性だということを、僕なりに表現した一枚です。実は両親が飼っているラブラドールがハムを食べている姿で、加工前の写真はすごくかわいいんだよ」




ジャックが求めるのは、豊かで強烈な黒のイメージだ。深い陰影が物語めいたものを想像させるポートレートや、明暗のコントラストに惹きつけられてしまう作品は、どうやって生まれるのだろう?
「写真は基本的にカラーで撮影します。デジタルが多いけれど、時にはフィルムでも。作品制作の場合、最初から明確な意図や感情を乗せて撮影することは少ないかな。なにげなく撮った一枚や、自分のアーカイブの中から選んだものがもとになることが多いですね」
編集する段階でモノクロにするかカラーにするかをジャッジし、思い描くイメージを作り上げていく。例えば代表作の一つでもあるポートレート。
「もとの写真は10年前に大学で友人を撮ったもの。コントラストもそれほどついてないシンプルな一枚ですが、数年後、オリジナルの表現を模索していた時に偶然見つけてピンときたんです。まず写真をリプリントし、上にガラス板を載せて再び撮影する。この繰り返しで完成したのが、くねくね湾曲したイメージです。こんなふうに、いろんな加工を重ねることで、グラフィカルにも抽象的にもなる。


長い時間とプロセスのレイヤーによって作品を創造するやり方が、性に合っているし楽しいんです」
対象を抽象化したり意味を曖昧にしたりすることで、本質がクリアに見えてくるとジャックは言う。
「敬愛する写真家がこう語っているんです。目の前に見えているものを撮るのが写真なのではなく、その奥や背景にあるものを想像させるのが写真の可能性だ、と」
だからというわけではないが、人が気を抜いた時の姿や、緊張が緩んだ瞬間を捉えることも多い。
「そういう時の表情や仕草にこそ、人間性や内面が表れると思うから。すごく楽しそうに笑っている場面や激しく怒っているような場面よりも、むしろ、ごく穏やかな表情の中になんらかの感情が表れる瞬間の方が、より豊かで強いイメージにつながる気がします」
ところでジャックはここ数年、「フォトポリマーグラヴュール」と呼ばれる銅版画のような印刷に挑み続けている。大雑把にいうと、画像を焼き付けた感光性樹脂版を“版”にして、そこへインクを乗せ、プレス機で紙に写し取る方法だ。基本は単色しか使えないのでモノクロ向きなのだが、何よりジャックが惹かれているのは、版画にも似たプリミティブな手仕事が生む黒の表情や質感だ。

「インクを、画(え)のどの部分にどれくらい盛るのか、どこまで拭き取るのか、手動プレス機でどのくらい圧力をかけるのかで、仕上がりが全く違う。本当に面白いんです」
過去に制作したモノクロ写真を、フォトポリマーグラヴュールによって改めて印刷した作品も多い。
「手を汚して能動的に働きかけるところが庭仕事に似ていて、作業していると落ち着きます。しかも完全にコントロールできない部分もあって、プレス機から出てくるまでどう写っているかわからない。ポラロイドの露光を待つ時みたいにワクワクしますね」
そういう一つ一つの工程から生まれる、絵画のような印象や物質としての存在感にも惹かれている。
「インクのかすれや微細な凹凸が生む表情によって、黒が、より強烈なイメージを伴って立ち上ってくる。写真が写真だけに終わらず、新しい価値を持つ気がするんです」
