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ホラー漫画界のスター・伊藤潤二に聞く、怪奇と漫画の話

妖しく、美しく、濡れたように滑らかな質感ある絵が、恐ろしく、突飛なまでのアイデアを紙の上に定着させる。2017年に漫画家生活30周年を迎えた、ホラー漫画界のスター・伊藤潤二に、怪奇と漫画の話を聞いた。

初出:BRUTUS No.861『危険な読書』(2017年12月15日発売)

photo: Ayumi Yamamoto / text: Hikari Torisawa

漫画家という職業を意識するずっと前、幼稚園に通いながら漫画を書き始めたという伊藤潤二さん。きっかけは、怪奇漫画の名作との出会いだった。

「楳図かずお先生と古賀新一先生の漫画に憧れて、5〜6歳の頃に、見よう見まねで漫画を描き始めました。わら半紙にコマを割ったり、紙を糸で縫い合わせて作った小冊子に鉛筆で描き込んだり。

そもそもの漫画との出会いが、楳図先生の『ミイラ先生』と、古賀先生の『虫少女』。姉が持っていた『少女フレンド』の付録小冊子や単行本で読んだのが最初だったと思います。すっかり夢中になって、それからはホラー一辺倒に。『少女フレンド』本誌に載っていたはずの、正統派少女漫画は読んだ記憶がありません(笑)」

漫画の世界への第一歩からホラーの洗礼を受けた6歳の伊藤さん。小学校に入学してもその漫画熱は収まらず、「小学生の頃は休みのたびに漫画を描いていたんですが、中学生になり、SFのショートショートに興味を持つようになりました。

ちょうど、講談社が『星新一ショートショート・コンテスト』を始めたタイミングだったので、張り切って応募したりもして。入選する気満々だったのですがまるで引っかからず、後から、応募総数が何千件とあったことを知って、世の中の広さを知りました。

ちょうどその頃生まれたアイデアをベースにして、漫画にしたのが『長い夢』(『伊藤潤二傑作集9墓標の町』所収)という短編です。ショートショートでは、機械で夢を見せるというSF的な設定だったのを、ホラーに寄せて、脳内物質で見せるように変えて使いました」。

漫画に再び夢中になった
高校時代の2つの出会い

漫画にまつわる次なる転機は、高校時代に訪れる。

「高校に入ると、クラスに漫画好きの友達ができて、色々教えてもらいました。手塚治虫先生の『マンガの描き方』を参考に“トキワ荘系はやっぱりかぶらペンだろう!”なんて言いながら、ペンとインクを手に入れたり、墨汁を使って描いてみたものの、消しゴムをかけたら絵が薄くなってしまったり、当時800円もしたスクリーントーンを貼ってみたり。漫画ってこうやって描くのか〜ということを初めて知ったのがこの時期です。

ある日、新聞の書評欄を読んでいたら、大友克洋先生の『ショート・ピース』が紹介されていて、1コマだけ写真が載っていた。これはどうやら普通の漫画じゃないぞ、と急いで本屋さんに買いに行きました。中学時代に離れていた漫画に、高校時代にもう一度戻ってこられたのは、なにしろ、この大友先生の漫画との出会いが大きかったと思います。

絵の構図、髪のツヤの入れ方、スクリーントーンを使わず、制服もカケアミで表現されているのもすごく好きで、真似しました。大友先生の作品を見ていると、画面の余白の美しさにも感じ入るのですが、僕にはあの線は描けないし、こちらはホラーだということもあって、原稿には、昔も今も黒々と描き込みをしてしまいます。

僕はディテールや表情を出したくてカケアミを使うことも多いのですが、今改めて見返してみると、『富江』や、初期作品の頃の黒っぽい画面、ベタの雰囲気もいいな。ちょっと原点回帰も考えてみようと思います。漫画好きの友達に、『ポーの一族』や『日出処の天子』を借りて、少女漫画に出会い直したのも同じ時期でした」

高校で漫画に再会した伊藤さんにデビューのチャンスがやってきたのは、歯科技工士として働いていた、23歳の時のことだった。

「働き始めた頃は、無地のルーズリーフを使っていたり、絵も鉛筆で描くことが多かったですね。ロットリングの製図ペンなんかも試してみましたが、ペンはなかなか難しくて。仕事をしながら、夜や休日に漫画を描く。でも、ストーリーの序章部分だけで60ページ、なんていう、どこの応募要項にも沿わないようなものを一人描いていた。

そうこうしているうち朝日ソノラマから『月刊ハロウィン』という少女ホラー漫画雑誌が創刊されました。『楳図かずお賞』が創設されて、投稿作品を募集すると知り、これは楳図先生に漫画を読んでもらえるチャンスだ!と心を躍らせ、応募用に短い漫画を描きました。

思ってみれば、漫画家になりたいというより、楳図先生に漫画を読んでもらいたいという気持ちの方が大きかったんですよね。漫画を完成させて、応募したのが1986年、雑誌に掲載されたのが87年。それが『富江』(『伊藤潤二傑作集1 富江(上)』所収)の第1話です」

今や作家の代表作となった人気シリーズ『富江』の主人公は、世にも美しい少女。伊藤潤二作品の象徴ともいえる美少女の造形は、どうやって生まれたのだろうか?

「楳図先生の影響はもちろんなのですが、実は水彩画家、絵本作家のいわさきちひろさんの、頭身が低く、鼻をしっかりと描かない幼い少女のイメージにも大きな影響を受けました。美少女イコール怖いというキャラクターのイメージは、美しい女性というのはツンツンしてるという、幼少期に醸成された偏見がもと。そんな思い込みも、今はだいぶ薄まりました(笑)」

漫画家・伊藤潤二

見聞きし体験したものから
鮮やかなホラーが生まれる

美少女への思いにとどまらず、子供の頃の体験や、身近な出来事がホラーに発展することもあるのだろうか?

「私の実家は段差のある斜面に立っていて、トイレには地下への階段を下りていくんですが、これが本当に怖かった。この造りは、『双一』シリーズ(『伊藤潤二傑作集3 双一の勝手な呪い』所収)の、双一の家のモデルになっています。

幼い頃に見聞きしたものは、恐ろしいこと以外でも、視点をずらして見てみることでイメージが広がっていったり、夢がそのままイメージソースになったり。『首吊り気球』(『伊藤潤二傑作集8 うめく排水管』所収)という短編は幼い頃に見た夢が原型です。

空港のような広いところに立っていると、空から下半身のない土人形のようなものがスーッと飛んでくる。髪の長い女の人のようなんですが、その肌がトロットロで素焼きみたいで、胴の切り口は真っ平ら。そこからUの字にロープが垂れていて、夢の中で“首を吊られる!”と思ったのを、今でも覚えています。実は中学1年生までは、幽霊も空飛ぶ円盤も信じていたし、円盤探知機を作ろうとして挫折したことも。

それに、心霊写真だけは、写っている被写体が何を考えているのかわからなくて、いまだに怖くて……。目に見えないとか、その先に何があるかわからない、というのは恐怖の原点ですよね」

現在『ビッグコミックオリジナル』で連載中の『人間失格』は、誰もが知る近代日本文学の名作のコミカライズだが、伊藤さんならではの解釈や新しいアイデアも採り入れられている。

『怪談・人間失格』というタイトル案は却下されましたが(笑)、原作にはない事件や、主人公に子供ができるというアイデアを入れ込んだり、太宰治の他の作品からディテールやイメージを借用しているところもあります」

そしていよいよ、2018年1月からは、テレビアニメ『伊藤潤二「コレクション」』もスタートする。

「自分の漫画作品が、アニメや映画になって旅立っていくのはやっぱりとても幸せです。今回のアニメ版は原作にかなり忠実に作ってもらっているようなので、原作ファンにも楽しんでもらえると嬉しいです」