五感をフル稼働させて、西表の自然をキャッチする
「木の根も、葉も、花も、土や川の水も、すべてが生命感にあふれていました。一つ一つの命がきめ細かで、淡い感じ。歩いているうちに、少しずつ西表島の空気や時間の流れに体が慣れてきたのか、小さな自然が見えるようになってくるのがわかりました。もちろん景色は壮大で、大迫力なのですが、ふと心を動かされるのは足元の植物や木の根の形だったりします。肌で感じる水の冷たさ、耳に残る水の音もそう。滝から降り注ぐしぶきを浴びながら、感じることの大切さを改めて考えていました」
いくつもの山を登ってきた井浦さんにとって、自然を感じるために欠かせないのは、その場所との“チューニング”なのだという。
「島に着いた初日は、西表野生生物保護センターで島の環境について学べましたし、集落を散策したり夕日を眺めたりするうちに、心と体が西表島に馴染んでいく感覚がありました。自然のリズムとチューニングする時間があったからこそ、ピナイサーラの滝の次に連れていってもらった鍾乳洞は、受け止めきれないくらい圧倒的に感じました」
鍾乳洞とは、ガイドの前大さんが「とっておきの場所がある」と案内してくれた場所。
「ジャングルの岩穴に潜り込んで、ライトを頼りに歩いていく。見上げれば無数に垂れ下がる鍾乳石。鍾乳洞の出口は、こんな景色が日本にあったのかと、ただ立ち尽くしてしまいました。西表島は、自分が知っていた山の概念を簡単に超えてくる。世界遺産になるのも頷けます」
島の隆起と雨による浸食。絶景は長い年月が創り出す
そして旅の最終日。散策に出かけたのは、古くからの歴史を持つ干立集落。すぐ目の前には遠浅の海が広がり、森には神々を祀(まつ)る御嶽(うたき)がある。人々の暮らしと自然の距離が近いのも西表島らしさといえるだろう。井浦さんは石垣にたくましく生えるシダや背丈よりも大きなヘゴを見つけてはシャッターを切っていた。そして、ときおり目をつぶり、佇む。集落でも山でも、何かを受信するように、静かに自然と向き合う姿が印象的だった。
古くから続く集落を散策。暮らしと自然との距離が近い
稀少な動植物を育む西表島。島の生態系を学ぶことも大切
「西表島の自然を、自分なりに解釈したかったんです。そんなとき気づいたのが匂いでした。クロツグやサガリバナの花が放つ芳(かぐわ)しさ、カヤックを漕ぎながら漂ってきた海水と淡水が混ざる汽水域の有機的な甘さ、森を歩いているときに包まれる土の芳醇さ。どれも西表島で初めて知った匂いです。だからこそ、なんとかして記憶にとどめたいと意識を集中させていました。歩く速度でなければ見逃してしまう自然って、たくさんある。歩き、時には立ち止まって、五感に意識を巡らせる。そんな瞬間に、西表島の自然の片鱗にようやく触れられた気がしたんです」
弧を描くように白い砂浜が続く〈トゥドゥマリ浜〉で夕日を眺める