世界を広げる、愛車「サニー」とカーフィルム
どこか80年代を思わせるBGMが流れる中、トヨタのクレスタやAE86が時に優雅に、時に激しく街を流す。〈SCRAPIN TOKYO(スクレイピン・トーキョー)〉名義で活動するチームのショートムービーは、日本はもちろん海外にもファンが多い。5人で活動する彼らの中で、これらの動画を撮影し編集するのが、フィルムメーカーの井上輝久さんだ。
そして、その相棒は1972年式の日産「サニー」。レース色の強いGX-5は、撮影時の移動や機材の運搬のみならず、被写体としてムービーにも登場する。20代から乗り始め、2024年で17年の付き合いだ。
「このクルマに出会う前は、サニトラ(日産『サニートラック』)に乗っていました。その頃、僕にとってクーペは高嶺の花だし、ピックアップトラックやセダンの方が性に合っていると思っていたんです。でもある時、知人に“ずっと放置されて猫の家になっちゃっているクーペがあるよ”って言われて見に行ったら一目惚れ(笑)。安く譲ってもらいました。足周りは何も付いていなかったけど、サニトラに乗っていたので、付け替えて乗り始めたんです」と語る井上さんは、言葉を続ける。
「僕はクルマだけじゃなくて、ほかのカルチャーを含めて70年代や80年代のものが好き。あの頃って、当然今よりもデータなんて少ないから手探りでもの作りをしていた時代ですよね。右往左往しながら“どうにかして良いものを作ってやろう”って姿勢が、どこかクレイジーな形や機能を生み出していたと思うんです。言い換えれば未完成ということなのですが、だからこそクルマと対等に向き合えている気がしています。その時代以降の新しいクルマだと、きっと僕にはどうにも手に余っちゃう」
カラフルな感性を持つ仲間と“交差点”を作る
井上さんが乗るサニーのみならず、動画に登場するのは、同年代を代表する古い日本車が多い。「ムービーに出ているのはスクレイピン・トーキョーの仲間たちのクルマがほとんど。似たような感性を持っているやつらばかりなので、登場するクルマにどこか統一感が出ているのかもしれません」
その感性の持ち主たちはどのようにして集まったのか。始まりは2015年、井上さんが20代の頃まで遡る。
「アパレルとクルマを融合させたFATLACE(ファットレース)というブランドがアメリカにあって、僕はそこのスタッフとして働いていたんです。動画を一人で作って発表していたら、ある時メールを送ってくれたやつがいて。会って話をしていたら盛り上がり、何となく活動がスタートしました。ムービーを撮ったり、アパレルのアイテムを作ったり。
その後、特にメンバーを募集したわけではなく、2人の活動に興味を持ってくれた仲間が、ふんわりと合流して今の5人編成のチームになったという感じですかね(笑)。僕はムービーを作りますが、アパレル関連の企画制作に強いメンバーもいれば、スチールを撮る仲間もいます。ジャンルはさまざまに、緩やかに役割分担をしながら、クルマを中心に据えた活動をしているのがスクレイピン・トーキョーです」
これまでには、都内のカフェを会場にしてパーティを行い、日本の旧車を集めたイベントに呼ばれてサンフランシスコに赴くなど活動する舞台は幅広い。
「実は、メンバーに“クルマにどっぷり”という人がいないんです。クルマだけではなくてほかのカルチャーも好きって人ばかり。クルマはカッコいいけど、乗っている人のスタイルが微妙……っていうのが、すごく残念で。
だから、クルマもドライバーもカッコよくいられるために、カーカルチャーをさまざまなカテゴリーとクロスオーバーさせながら盛り上げたい。僕たちは、その“交差点”になりたいよねって話しています。クルマ好きの人がファッションやムービーに興味があればコンタクトをとってきたり、逆にアパレルに詳しい人がカーカルチャーに浸りたいからって連絡をくれたり、そんな存在になれればと思います」
これからの展望を尋ねると、その目は海外にも向かっている。
「東京でのイベントもそうでしたが、日本よりも海外のファンが多いような実感があります。だからというわけではないのですが、サンフランシスコの時みたいに海外でイベントを開催したい。実は、まだ本格的な始動はしてない〈スクレイピン・オークランド〉というチームもあるんです。僕としては、“やりたい!”と言ってくれたら支部を作る挙手制でもいいと思っているので(笑)、日本のみならずほかの国でも仲間が増えて、海外でのプロジェクトの展開ができればいいですね」
世界規模で“交差点”が増えれば、人と場所とカルチャーは広くつながる。井上さんとその仲間たちが創り出すロードマップに期待がかかる。