舞台美術×アーカイブ
ガイド:三好佐智子(EPAD事務局マネジャー&広報)
「演劇は、実際に劇場へ足を運び、その空気感を味わうという“体験”にバリューがあるので、仮に検索をしてデータを集めたりあらすじを把握したとしても、実際の“体験”にはなかなか敵うものではありません。
しかし昨年来のコロナ禍で公演が次々に中止となり、もはや体験自体が難しくなりました。とはいえ舞台芸術は生きていくために不可欠である、そこで立ち上がったのがEPADです」
そう話すのは広報を務める三好佐智子さん。
「EPAD」とは「緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業」の略称。アートや映像資料の保管に定評のある寺田倉庫と、2020年2月のコロナ禍による演劇界への自粛要請を受けて設立された〈緊急事態舞台芸術ネットワーク〉、この2つの組織が文化庁から受託し、共催したプロジェクトだ。
具体的には新旧の舞台芸術映像や戯曲、舞台美術の図面や衣装のスケッチといった4300点近くの資料を収集、関連サイトで公開している。これが「こんな貴重なものを無料で見てよいの?」というほどの充実ぶりで演劇ファンの評判を呼んでいる。
例えば戯曲デジタルアーカイブでは、寺山修司の名作から小劇場で活動する若手作家まで553本の戯曲が無料公開されている。
またEPADポータルサイトでは妹尾河童による手描きの舞台セットの図や舞台衣裳デザイナーの緒方規矩子の華やかなデザイン画などの舞台美術資料をたっぷり閲覧でき、プロにもアマにも楽しめる。
さらには坂元裕二や西加奈子といった演劇を愛する著名人がおすすめの作品を紹介するコラムページ(ぜ、贅沢!)も。権利処理が済んだ舞台映像は商用配信プラットフォームで続々配信が開始していて、その情報がいち早く見られるのも嬉しい。
「EPADポータルサイト内でも作品名や作家名で検索ができますが、これは情報収集サイトではありません。
収められているものは演劇の歴史そのもので、作家の思いや、演劇を愛する人たちの“感情”の集積であり、一つの交差点だと考えていて。観劇をした時の記憶、感情が動く自分と向き合う素材をそれぞれが自分で発見してくだされば」
サイトにはeラーニング動画のページも。普段は見られない現場の裏側を体験できる。そう、EPADは演劇を“学ぶ”場でもある。
「今回のコロナ禍で演者の方はもちろん、裏方のスタッフの人たちも仕事を失った、当事者です。今後演劇が復活していく時にその技術や理念が途絶えないために何かできることはないかと考えて、現役の舞台スタッフたちによるeラーニング動画を作りました。
大学や専門学校のリモート授業で、あるいはこれから演劇を始める方に、見ていただけたら。舞台がどうやって出来上がっているのか、セットや衣装は誰が作っているのか、など演劇を学ぶためのきっかけが揃っています。
このEPADを起点にして、演劇への興味が広がり、また以前のようにぜひ劇場に足を運んでもらえる日が来ることを祈っています」