Wear

Wear

着る

映画監督・今泉力哉の忘れられない、あの一着。青いノーカラーシャツ

古着との出会いは、まさに一期一会。だからこそ、手にした人は強い愛着を感じるもの。かねて古着に袖を通す映画監督・今泉力哉さんが、思い出の一着についてエッセイをしたためた。自分だけの古着との付き合い方、楽しみ方。

初出:BRUTUS No.988「おとなの古着。」(2023年7月3日発売)

illustration: Kazutaka Tsugaoka / text: Rikiya Imaizumi / edit: Emi Fukushima

「程よい距離感で、無防備になれる、恋人のような」

青い服。幼稚園児のスモック風の青い服。スナップボタンがより幼稚園児感を演出している。この服は中目黒の〈OLGOU(オルゴー)〉という店で購入した。

中目黒なんてオシャレタウン(勝手なイメージ)、生きていて自ら訪れることはないし、妻に連れて来られてこのお店も知った。古着屋なんてお洒落な場所に、しかも一見さんで、ひとりで入る勇気はいまだになくて、今、自分がひとりで行けるようになった古着屋はすべて妻や友人や昔の恋人に教わった場所だ。

中目黒の〈OLGOU〉と代官山の〈CARBOOTS(カーブーツ)〉は妻から教わった、自分の中での2大オサレ古着屋だ。中目黒、と、代官山、って名前だけで緊張してしまうし、なんだか場違いな気がするし、でも、だから、あえて、仕事で中目黒とか代官山に行く用事があったら、帰りに必ず寄るようにしている。

でもほんと、いまだにすぐ汗びっしょりになるし、自分なんかがいていい場所じゃない気がするし、店員さんもお客さんも、自分以外の人が全員お洒落に見える。でも、そこに向かうのです。

この服は、映画の取材を受ける際などによく着ていて、さまざまな媒体の記録から察するに、また現場での俳優さんとのやりとりの記憶から察するに、2018年か2019年あたりに購入したものだ。もう5年のつきあいになる。

古着の良さってやはり1つしかないことだと思う。いつの時代の、どこの国のものなのか。誰がどういうテンションでつくったものなのか。はじめから1点ものだったのか、大量生産だったのか。さまざまな想像を巡らす。これはフランスの古着らしい。行ったことないけど。長旅の末、今、私の手元にある。

色あい。首回りのかたち。スナップボタン。ポケットのなんとも言えないサイズ感。手首まわりのリブ。リブのゴムの強さ。リブ部分の長さ。あまり厚着も薄着もしたくない私にとって、羽織るのにちょうどいい生地の薄さ。春夏秋冬いける点が好きだ。昔、フランスでも桜って咲くのかな、と調べたことがある。花見ができる公園がいくつもあると知った。

つがおか一孝 イラスト

「なんだか幼稚園児みたいですね、今泉さんの服」と、とあるドラマの撮影現場でオダギリジョーさんから言われた。その表現が妙にしっくりきて嬉しかった。あれ以来、この服を着るときは、必ず「スモック」という言葉とか「クレヨン」というイメージが頭に浮かぶ。汚してもいい服。汚れてもいい服。

もしかしたら、なにかから自分を守ろうとしているのかもしれない。取材時によく着ているというのも、そういうことなのかもしれない。

服って大きく分けて、芝生でごろごろ寝転がれる服、と、芝生でごろごろ寝転がれない服に分けられると思っていて、自分はやっぱりごろごろできる服が好きだ。汚れてもいい服。服によって無防備になれる服。その服を着ることで背筋が伸びる服の素晴らしさ、尊さももちろん知っているけど、あっという間に5年のつきあいになるような、そんな服とこれからも出会いたい。

いい恋人との距離感のような。当たり前にそこにいるような。気を遣わなくていい関係。それでいて、今回みたいに「古着をひとつ紹介してください」と言われたら自信をもって紹介できるような。そんな。そんな。

作家・せきしろの忘れられない、あの一着。〈adidas〉のスキージャケット