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池松壮亮が、2人のジャズピアニスト役に挑んだ『白鍵と黒鍵の間に』。映画初出演のサックス奏者・松丸契と撮影を振り返る

冨永昌敬監督の最新作『白鍵と黒鍵の間に』が10月6日(金)から全国公開される。1人2役でジャズピアニストを演じ分けた主演の池松壮亮と、本作で映画初出演のサックス奏者・松丸契が濃厚だった撮影を振り返る。

photo: Kazuharu Igarashi / hari&make: Ayumu Naito / text: Katsumi Watanabe

ピアノとジャズを体に染み込ませた6ヵ月

映画『シン・仮面ライダー』に続き、今年2作品目となる主演作『白鍵と黒鍵の間に』が公開される池松壮亮。新作ではジャズピアニストを演じ、流麗な演奏を聴かせてくれるが、もちろん特訓あってのこと。

「中学生の合唱コンクール以来、17年ぶりにピアノに触りました。『大地讃頌』の伴奏を、楽譜も読めないまま指で覚えて弾きました。触れたのはほぼその1回限り。今回は、週1回半年間のレッスンを受けて、『ゴッドファーザーのテーマ』だけは、丸々1曲なんとか弾けるようになりましたね」

映画『白鍵と黒鍵の間に』の舞台は昭和末期の銀座。池松壮亮は高級クラブやキャバレーで演奏するジャズピアニスト、南と博の2役を1人で演じている。そのそばでサックスを吹いているのが、ジャズをはじめ、ジャンルにとらわれないフリーフォームな活動を展開しているサックス奏者の松丸契。もちろん、映画初出演だ。

池松壮亮と、俳優デビューする松丸契が濃厚だった撮影を振り返る

池松壮亮

『白鍵と黒鍵の間に』の企画初期段階で、冨永昌敬監督から「K助がいた!」と松丸さんの名前を聞いていました。

松丸契

Dos MonosとのMV撮影に参加した時、冨永さんとお会いして。しばらく経って、ライブ会場で再会した時に「映画に出てくれませんか?」と言われたんです。後で監督から「音楽家はライブ終演後、アドレナリンが出ていて、気分が高揚しているから、なにかお願いすると通りやすい」と聞いて。

池松

いい戦略ですよね(笑)。

松丸

実際の撮影までに2年間くらい経っていましたから、映画の製作ってたくさんの人の時間と労力を要するものなんだと実感しました。

池松

なかなか予算面でうまくいかず、一度撮影数ヵ月前で延期になったこともあって。

松丸

主に撮影は2022年11月というスケジュールをいただいたんですが、僕がたまたま海外ツアーで日本にいない時期だったんですよ。

池松

スケジュール最後の2日間で、松丸さん演じるK助とのシーンを一気に撮影しました。

ジャズゆえの苦労と素晴らしさ

池松

僕の家族は、みんな音楽好きで、特に父は生粋のジャズマニアでした。子供の頃から、家のリビングから流れるマイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスなど様々なジャズを聴いて育ちました。

知識として詳しいわけではありませんが、ジャズは一番根底に流れているリズムのような気がしています。今でもよく聴きますし、一番落ち着きます。

松丸

映画の撮影で苦労した点は、即興の再現でした(笑)。監督から「クレイジーな感じで吹いてください」と2分間程度のアドリブを頼まれ、吹いてみたら一発でOKが出た。ところが、別のアングルを撮るため「もう一回、お願いします!」と言われて。

その場で5分ほどその即興を聴き返して運指を確認したんです。撮影時は髪が長かったので、イヤホンを隠し、先の演奏とセリフをモニターしながら再現したんですよ。

池松

即興など音楽の感覚的な部分は、松丸さんに大きな信頼のもと、委ねていたところがありましたね。その上で出す松丸さんの音一つ一つがあまりにも素晴らしくて。

再現できないその瞬間限りの音をもう一度やらされることには、とても苦労したと思います。

松丸

楽器は吹けば音が出ますから(笑)。池松さんと演奏するシーンを撮影する前、僕が現場の別室にいたところ、ピアノの音が聞こえてきたんです。音楽監修の魚返明未さんが弾いているのかと思ったら、池松さんが演奏していて。
技術はプロの演奏家とは違う部分もあるけど、紛れもなく音楽に息吹を吹き込んでいて素晴らしかった。

演技と演奏の共通点は

池松

恐れ多いです(笑)。

松丸

技術というのはそこまで重要なものではなくて。自分を含め、本職の音楽家は、そんな大切なことを忘れてしまいがちです。

池松

ものすごい即興演奏をしながら「大切なのは技術じゃない」と言えるのはすごいことだと思います。実は俳優という仕事も、テクニックだけでは到底到達できないところがあります。

大島渚監督はキャスティングの基準を「一に素人、二に歌うたい、(中略)三四がなくて、五に俳優」と言いました。フィクションを纏(まと)って技術で俳優が何かやったとしても、生身のままの人にかなわないことはよくあります。

松丸さんの楽器を扱う仕草や、振る舞いや音など、日常そのものの地続きなので当たり前なんでしょうが、あまりにも自然で美しくて。いつも隣で見惚れてしまうほどでした。

松丸

僕のセリフは大した量ではなかったけど、台本を一言一句覚えて撮影に臨みました。ところが、本番直前の5分休憩の間に、冨永監督が「少し台本を変えました」と変更を持っていらして。

チャーリー・パーカーに憧れるサックス奏者で、普通の話し方をするキャラクターだったのが、5分間で、すっかり変なヤツに豹変していたんです。

池松

松丸さんに刺激されたんだと思います。当初よりもよりピュアで素朴さを強調していて、めちゃくちゃいいなと思いました。なのにサックスを吹いたらハンパないという。でも何度も何度も練習されていたのでとても気の毒で。

松丸

僕が焦っていると、池松さんが「大丈夫ですよ」と、穏やかなトーンで声をかけてくれて、本当に救われました。いい体験になりました。

『白鍵と黒鍵の間に』
エンディングテーマも手がけるジャズピアニストの南博が、銀座での体験を基にした同名のエッセイを、冨永昌敬監督と共同脚本を担当した高橋知由が大胆な脚色を施し映画化。仲里依紗や森田剛、高橋和也、クリスタル・ケイらが出演。10月6日、全国公開。