映画の“音”に耳を澄まして
映画において、もちろん「画」は欠かせないが、トーキー以降の映画において、もう一つなくてはならないものがある。それは「音」だ。そして、音に関わる仕事は大きく2つに分かれる。映画の撮影中に現場の音を拾うのが「録音」、また撮影後に、集めた音の素材と効果音などをミックスするのが「整音」だが、黄 永昌は、録音も整音も担当することの多い「音響技師」だ。
「僕は、自主製作映画に関わることが多いので、録音から整音までをすることが多いんです。最近では、その場合“音響”としてクレジットしてもらうことが多くなりました」。黄は、近年高く評価された『春原さんのうた』や『裸足で鳴らしてみせろ』の音響、『偶然と想像』の録音(一部)を手がける、現在の日本映画の「音」に、まさになくてはならない存在なのだ。
海外で言うところの「サウンドデザイン」とは整音を意味し、独立した職能になっているようだが、黄は録音も行うせいか、整音においても撮影現場で感じたことを大切にしながら仕事をしているという。その原点は、根室を舞台にした松村浩行の『TOCHKA』(トーチカ)にあった。この時は、撮影だけでなくロケハンにも随行しながら、現場に行って初めてわかる感覚を、録音だけでなく整音にも生かした。
それは、黄が録音(一部)・整音を担当した『映画:フィッシュマンズ』においても同様だ。「佐藤伸治さんが生前住んでいた家を教えてもらって、近くまで行ってみたら小学校があったんですよ。それで、佐藤さんが家で曲を作っていた時にそういう音が聞こえていたんじゃないかと思って、創作ノートのアップの映像に子供たちの声を重ねたりしました」
注目したい公開中3作品
そんな黄に、最近音響でも注目されている何本かの新作映画について、その「聴きどころ」を語ってもらった。
まず、人の手から手へと渡っていく一頭のロバのオデュッセイアとでも言うべき、イエジー・スコリモフスキの『EO イーオー』について。「この映画のインスピレーション源になっている『バルタザールどこへ行く』のロベール・ブレッソンの音はソリッドですが、『EO』は広がりのある音になっていると思います。ロバの息遣いとかすごいです(笑)」
次に、ケイト・ブランシェット演じる指揮者が心理的に追い込まれていくさまを描く、トッド・フィールドの新作『TAR/ター』については、「音数が極めて少ないですよね。そこに異常なほどこだわっている。動物もほとんど鳴かないですし。音楽も実際にそこで鳴っているもの以外は使ってない。その分、ターが部屋にいる時のメトロノームや冷蔵庫の音が強調され、彼女の不安を煽ります」。
最後に、#MeToo運動を、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』のようにジャーナリズム側からではなく、被害者側から描いた作品とも言える『アシスタント』については、「こちらは、ほぼオフィスの中だけで展開する映画ですが、外の車やサイレンの音なんかも聞こえていて、現実に近い音作りをしています。無機質な音が響く日常の中で、こちらも主人公が追い詰められていく。音の使い方は『TAR/ター』と好対照で、比べて観ると面白いです」。