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北海道〈旭山動物園〉に潜入!飼育員さんの一日に密着

エサをやったり、掃除をしたり、動物の面倒を見る仕事ということはイメージできるが、実際はどんなことをしているのだろうか?旭山動物園で飼育員の一日に密着。そこにはたくさんの動物園トリビアもあった。

photo: Tetsuya Ito / text: Asuka Ochi

ある日のベテラン飼育員の仕事に密着

キーンコーンカーンコーン。定時9時。チャイムの音とともに全員が起立して、朝礼が始まる。まずは園長の朝の挨拶と業務連絡。その後、それぞれの動物の担当が「もぐもぐタイム(エサを与えながらのガイド)」の開始時間を次々と発表したかと思ったら、あっという間に朝礼が終了。全員がテキパキとそれぞれの持ち場へと向かう。なんというスピード感!

9:00 一日の始まり/まずはビシッと朝礼。エサを待つ、動物たちの元へ

飼育員の仕事に密着したいとお邪魔したのは、北海道旭川市にある〈旭山動物園〉。緩やかな山の斜面沿いに、100種類640頭ほどの動物を飼育している。

旭山といえば、野生本来の能力や動きを見せる「行動展示」で有名。ゴマフアザラシが垂直に泳ぐ姿を円柱水槽で見せる「あざらし館」もシンボルの一つだが、この日は旭山を代表する、ホッキョクグマを担当する大西敏文さんに同行させてもらう。

2002年に「ほっきょくぐま館」がオープンしてから19年、ついに2021年12月、旭山動物園で40年ぶりとなる繁殖に成功。その出産も見届けたベテラン飼育員だ。最初に大西さんが向かったのは、調理棟。ここで飼料担当から1日分のエサを受け取り、獣舎まで運んでいく。

「旭山動物園で一番エサの単価が高いのはホッキョクグマ。野生で食べるアザラシの代わりに、ここでは稚内(わっかない)産のホッケやイカナゴに加えて馬肉や丸鶏も与えてます」

なんと贅沢な……。それでも上には上がいる。旭山動物園全体でかかる年間のエサ代は、ユーカリを食べるコアラ1頭分の年間のエサ代ほどというから、後者は桁違い。そんなこんな話をしているうちに獣舎着。頑丈な扉を開けて、4頭とご対面。待ってました!とばかりにはしゃいでいるのは、仔グマのゆめ。健康状態は問題なさそう。いつも通りの元気な姿に大西さんも一安心だ。

冬の季節は放飼場の除雪作業から行う。ホッキョクグマは雪が好きなので雪かきは最小限だが、これが例えばキリンともなれば、滑って転べば命の危機になるため、雪対策は最も気を使う仕事の一つ。除雪が終われば、運んできたエサの仕込み。昼からの「もぐもぐタイム」用に魚を切ったり、ビタミン剤を仕込んだり。

10:00 動物を放飼場に出す/冬のシーズンは除雪など、開園前の準備もいろいろ

北海道〈旭山動物園〉放飼場の除雪の様子
滑って水に落ちないように注意しながら、ゆめと母親のピリカの放飼場の除雪。木の周りの雪だけ取り除く。
北海道〈旭山動物園〉ホッキョクグマのゆめ
おもちゃで遊ぶゆめ。ファンのプレゼントの中から、安全なものだけを使う。

メインのホッキョクグマのほかにアフリカ水槽の昆虫なども担当しているため、10時30分の開園前に、それぞれのエサの準備も必要だ。この日は飼育員が休みの「かば館」も担当。雪の中、広い園内を行ったり来たりするだけでも、なかなか忙しい。

「旭山動物園では、それぞれの動物の担当が休んでもほかの飼育員が仕事を代われるように、半年ごとにサブ担当の動物を替えています。5〜6年もいれば一通りすべての動物を見ることになります」

11:00 冬の名物「ペンギンの散歩」/神経質なペンギンを怖がらせないように

北海道〈旭山動物園〉ペンギンの散歩の様子
飼育員や園内スタッフが協力して、ペンギンたちの安全を守る。午前の散歩で嫌なことがあると午後は出てこなかったり、飼育員によってエサを食べなかったり、エサの食べ方にも個体差があったりと、ペンギンは意外とナーバスなのだ。

誰が担当してもエサの分量や与え方がわかるように、細かい伝達事項はホワイトボードに整理してある。そうこうしている間に開園の時間が近づいてくる。オープンに間に合うように寝室の扉を開けて、4頭を放飼場へ。動物たちを外に出したら、今度は寝室の掃除だ。モップで床をこすり、ホースで水を撒いてピカピカに。

「肉食動物は意外と掃除がラクなんですよ。肉はカロリーが高いから、ちょっと食べてちょっと出す。カバなんかは2m四方の草を食べて同じだけの量を出すので、何十kgにもなるフンの掃除が大変で」

14:00 収容の準備/肉食動物の寝室掃除は、草食動物よりもラクなのだ

北海道〈旭山動物園〉ホッキョクグマの身長測定用
目盛り付きのテープ。ゆめの身長測定用。

午後は午後で、イベントに忙しい。特に冬の名物「ペンギンの散歩」には大勢の来園者が集まるため、飼育員が複数で対応に当たる。この展示も実は、野生のキングペンギンが集団で海にエサを取りに行く習性を利用した「行動展示」の一つ。

ペンギンたちは無理やり歩かされているのではなく、散歩したい者だけが自発的に外に出る。冬場の運動不足解消と、春の繁殖に備えた体作りにも役立つという。一方、ホッキョクグマの場合は「もぐもぐタイム」があり、これも大西さんの仕事。

マイク片手に生態を解説しながら、上からエサを投げ入れると、豪快に水に飛び込み、観客は水中でのホッキョクグマの様子を、間近で観察できるのだ。旭山では、動物を熟知する飼育員が、本来の姿を「行動展示」としてどのように見せるかも考えている。

15時。閉園時間が迫ると、そろそろエサの時間だとばかりに、ホッキョクグマたちが扉の近くでそわそわし始める。寝室の床にエサを撒いたら、しっかりと施錠。これが一番気を使う作業だという。

「飼育員は危険と隣り合わせの仕事。ミスをすれば、命に関わる。鍵を開けたまま帰ってしまって、次の日に別の担当が襲われるという可能性だってあります。飼育員あるあるですが、動物が逃げたという夢は必ず見ますね(笑)」

たった一度のミスが死につながる危険を招く。かわいいホッキョクグマだが、肉食獣。おもちゃにされればひとたまりもない。生き物と触れ合える楽しい仕事というイメージが一転、動物と関わるということの重さを突きつけられる。

15:30 施錠は気を引き締めて!/収容は命に関わる危険な仕事。飼育員は入れない保険もある

北海道〈旭山動物園〉エサの分量や与え方のメモ
エサの分量や与え方をボードに書いて伝達。

さて、通路側の鍵が閉まっていることを確認したら、反対側から動物たちを収容。ゆめはエサまっしぐら。母親のピリカに取られないように丸鶏を別室に移動させて、バキバキと頬張っている。一通り食事が終わったら、ビタミン剤を仕込んだイカナゴをエサに、トレーニングの時間だ。

黄色い棒に触って檻から手を出せばエサをもらえるということを覚えさせ、麻酔をかけずに採血ができると健康管理や妊娠のチェックに役立つ。こうして今日も無事に17時30分で定時終了!

「動物が好きなので、近くで接することができるのは役得ですね」と大西さん。「飼育員って、憧れる!」という人も多いだろう。しかし旭山動物園の約20人の飼育員のうちの1人になるには、公務員試験に受かる必要がある。そしていざ市役所に入れても、園に配属されるかは運次第。なかなか狭き門すぎるお仕事なのだった……!

番外編:手書き看板や展示物を作る/実は、一番忙しいのは休園の時期だったりする

北海道〈旭山動物園〉スタッフたちが作る展示物
園が休みの時期に展示物などを制作。これも飼育員の仕事だ。