目に見えない格差に、気づくきっかけに
「最初にお話をいただいた時は、どうやって舞台化していくんだろうと素直に疑問でした」
韓国映画『パラサイト 半地下の家族』の舞台化に際してそう打ち明けてくれた宮沢氷魚さん。映画は、半地下の家で貧しい暮らしを送る一家が、状況を打開するべく裕福な一家に寄生しようと試みるところから始まる物語だ。韓国社会の格差を明らかにし、2019年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したことも記憶に新しい。
「映画の舞台は韓国だし、そもそも日本に半地下の家の文化はない。舞台上で表現するのはチャレンジングだなと感じました。一方で、共演する古田(新太)さんは"映画を観た時から舞台化しやすそうだと思っていた"とおっしゃっていて。確かに、半地下の家と裕福な家を中心にシチュエーションが限られている会話劇でもある。ある面では舞台向きの作品なんだなとも納得しました」
舞台化にあたって、大きな設定にもいくつかの変更点がある。例えば物語の舞台は、韓国・ソウルから1990年代の日本の関西に、そして半地下の家は、堤防の下にあるトタン屋根の集落に、それぞれ置き換えられた。身分を偽装し家庭教師として裕福な一家に侵入する、金田一家の長男・純平を演じる宮沢さん。格差が目に見えづらい日本だからこそ、上演する意義を感じるという。
「僕はアメリカのサンフランシスコ周辺で生まれ育ちました。アメリカには、家賃も物価も高い、裕福な方々が暮らすエリアもあれば、すぐ隣り合うエリアでは、ギャングや日雇い労働者も多く、毎日のように銃声が聞こえてくるということもある。こんなふうに、格差が日常的に目に見えるものなんです。でも東京にいると、一見みんなそれなりに生活ができていて、実際にはギリギリの生活をしている人はいるはずなのに、あまり実感がないですよね。だからこそ今回の舞台が、すぐそばにある格差に目を向けてもらうきっかけになればいいなと思っています」
発達障がいという特性を表現すること
そしてもう1作、現在公開中の新作が、映画『はざまに生きる、春』だ。仕事でもプライベートでも空気を読み自分を抑えてきた雑誌編集者の小向春が、思ったことをストレートに口にする純粋な画家の青年・屋内透に惹かれていくという筋書き。宮沢さんが演じたのはその屋内透。純粋さの背景には、発達障がいという特性があるという難しい役どころだ。
「発達障がいの特性がある方とお話ししたり、動画を見せてもらったり、あるいは葛(里華)監督や医療監修の先生とじっくり話し合ったり。話し方や言葉の選び方、体や手、目線がどう動くのかについて、色々と勉強させてもらいました。多くの方々のお力を借りながら役作りを進めましたね」
劇中では、不器用ながらも、真っすぐで嘘のない屋内の言動が印象的に描かれている本作。宮沢さん自身も、共感する点があったという。
「木の幹のことやペットボトルの話など、透は自分が好きなものについては熱くなる個性を持っています。それって、自分よがりではなくて、その良さや魅力を目の前の人に伝えたいっていう思いからきているんですよね。僕もたまにそういうところがあるので、似たものを感じましたね」
では、宮沢さんが思わず夢中になって話してしまうこととはなんだろう。最後に聞いてみた。
「河川の話です。特に江戸川や神田川など、東京都を流れる支流に興味があって。東京という町を作るために必要だった川で、東京や日本の歴史ともリンクしている部分があるところに面白さを感じています。大学では、『東京都の川の環境変化について』というテーマで卒業論文を書いたほど。だからその魅力をわかってくれそうな人に出会うと思わず熱く語ってしまいますね(笑)」