視覚、嗅覚、味覚、そして聴覚も刺激する特別なペアリングを
〈ハイランドパーク〉が造られるのは、スコットランドの北端、オークニー諸島にある蒸留所。強風が吹き荒れ、木々さえも育たないという過酷な自然環境ながら、島に咲くヘザーの花を中心とした植物が長い年月をかけて堆積した豊かな「ピート」(泥炭)が、軽やかでアロマティック、そしてほのかにスモーキーなフレーバーをもたらしている。
1798年の創業以来、今では希少となった伝統的なフロアモルティング製法を貫くなど、革新的な挑戦の末に育まれてきたこのウイスキーの背景に共感したのが、フレンチを軸にイノベーティブな料理を提案する〈Orby Restaurant〉。紺野真ヘッドシェフを筆頭に、〈ハイランドパーク〉12年、15年、18年という熟成期間の異なる3種類のヴィンテージの個性を見極めながら、この日のために特別な8品のコースメニューを考案してくれた。
会がスタートしたのは、ちょうど19時を回った頃。参加者たちと同様に席についた江﨑文武さんは、かねてお酒好き。
「誰かと一緒に飲むことがほとんどですが、唯一たまに1人で飲むお酒がウイスキーです。思いつきで深夜に映画を観たり、音楽を聴いたりするときのお供にしていて。今日はどんなペアリングが楽しめるのかワクワクしています」と期待感を言葉にしてくれた。さらに、この日会場に流すBGMを選んでくれたのも江﨑さん。
「楽曲はすべてスコットランドのアーティストで固めました。どこか雄大な自然を感じる音楽も会を彩る助けになればいいなと。味覚、嗅覚、視覚はもちろん、聴覚でも楽しんでもらえたら嬉しいです」
3種類のヴィンテージに、豊かな素材が共鳴する
〈ハイランドパーク〉のブランドマネージャー・藤井祐輝さんによる製法やフレーバーに関する解説を経て、テーブルに並べられたのは3種類の〈ハイランドパーク〉。まずはストレートでのテイスティングを楽しんでいく。
「12年はスモーキーすぎず華やかな香りで、15年は柑橘系の香りが引き立ってきたのが印象的でした。そして個人的に好きだったのが18年。爽やかな香りもありつつ、スモーキーな余韻がしっかり残っていました」と江﨑さんは話す。
参加者も口々に感想を漏らし、少しずつ場が温まる中、グラスの前にはそれぞれのヴィンテージに合わせた前菜も。「3種類の〈ハイランドパーク〉の前に生の帆立、生の白身魚、焼いたイカ、鶏肉、フルーツ、トマトソース……と数十種類の素材を並べて、それぞれがどの食材と合うかを検証していきました」とは紺野シェフ。自身の料理起点ではなく、あくまでもウイスキーを核にメニューを考案するところは、日頃ワインを引き立たせる料理を提案する彼ならではだ。
「ウイスキーの場合、ワインにおける赤と白ほどの明確な違いはないのではと思っていました。でも検証していくと、12年に柑橘は合うのに18年には合わないなとか、15年はトマトに合うななど、予想を上回る明確な違いが見えてきました」
例えば12年に合わせたのは、“Deep breath in the Orkeny forest”と題した前菜。相性の良い柑橘と生の帆立を主役に、若い松ぼっくりから作ったジュレとパースニップのピューレを合わせた爽やかな一品だ。「12年の少し甘く華やかな印象が、食べ物と合わせるとこんなにも心地良いんだというのに驚きました」と江﨑さんにも発見があった模様。
スコットランドの食文化を感じる一皿を、ウイスキーを使ったカクテルと共に
コースはさらに続き、各ヴィンテージをカクテルにアレンジしたドリンクと趣向を凝らした料理が提供される。メインは、18年を使用し、スコットランドの著名な詩人ロバート・バーンズの名を冠したカクテルと、彼を代表する詩“Auld Lang Syne(=久しき昔)”をタイトルに据えた仔羊のステーキだ。
「もともとスコッチとスイートベルモットを使ったロバート・バーンズというカクテルがあり、それを18年で作りました。料理は、友人と昔を思い出しながら一緒に酒を酌み交わす場面を表現した彼の詩を受け、スコットランドの昔の食文化に着想を得て考案したものです。ウイスキーの味の決め手にもなる豊富な『ピート』を熱源に料理をしていたと知り、ならば昔ながらの方法でお肉を焼いてみようと。特有のスモーキーな香りとともに楽しんでください」と紺野シェフ。
この充実の1皿を平らげた江﨑さんは「スコットランドの音楽との共通点を感じた」とのこと。「ピートで焼いたお肉のほかにも、伝統料理のハギスをアレンジした前菜、ヴァイキング出身の創業者からの伝統を受け継ぐ〈ハイランドパーク〉、と味もストーリーも、スコットランドの食文化はどことなく野生味が残っている印象を受けました。それは音楽も同じ。年代を問わず、若いアーティストでもどこか土臭さを感じる音を出していて、そこがとても魅力的です」
12年を使ったグラニテを口直しに挟んで、デザートを楽しんだら、会はいよいよ幕引き。コース全体を振り返って紺野シェフは次のように話す。
「ウイスキーはアルコール度数を下げていろんな要素を足すことで、すごく飲みやすくなるし食中酒としても万能。特にヴィンテージによって多彩な個性を持つ〈ハイランドパーク〉には可能性を感じましたね。さらに今回は、コースの中に、音楽のアルバムのようにバラードのような一皿からアップテンポな一皿まで、たくさんの見せ場を作ることができました」
対して「本当にリズムが心地よいコースでした」と頷く江﨑さん。「勝手にウイスキーって、ストレートかロックで飲む“ダンディーなもの”とのイメージがあったんですが、アレンジ一つでこんなに幅広い料理とマッチするんだなと新鮮で。全体的に柔らかい印象の〈ハイランドパーク〉なら、なおさらいろんな場面で楽しめそうです。今度は家で、12年をシャーベットにかけてみようかな……なんて想像を膨らませながら楽しんでいました」。
こうしてお腹も心も一杯に満たし、特別な一夜は幕を閉じた。