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ヒコロヒー「直感的社会論」:実体のない「ランキング」とやらに固執する、顔の見えない大人たち

お笑い芸人、ヒコロヒーの連載エッセイ第5回。前回の「脅威となる若者が現れる。大人は懐柔するか、いびる。社会は硬直し、さびれていく。」も読む。

Text: Hiccorohee / Illustration: Rina Yoshioka

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実体のない「ランキング」

とやらに固執する、

顔の見えない大人たち。

女が嫌いな女ランキングなるものがある。さして興味はないもののニュースサイトでこれでもかと大きく出てくるそれに名を連ねるタレントたちを眺めても、何ひとつとして共感ができなかった。

例に出すのも心苦しいが、そのランキングで1位に輝いていたのはYouTuber芸人のフワちゃんだった。確かに彼女は天真爛漫という皮をかぶった傍若無人な破天荒さがあるのだが、それが彼女のユーモアであり個性である。

それに隠しきれぬ人の良さが垣間見え、彼女は世渡りが上手だけれど、そうでない人に手を差し伸べることもできるだろうと思わせる親切さもテレビからませる。

個人の見解としては、彼女と何度も仕事をした上で周囲の皆に愛されていると強く感じる女性であるがゆえに、そのランキングはいまいち、他のタレントたちを見た上でも、ピンとこない結果だった。

それこそが「世間」であるかのようなその立場に違和感を覚え、それは実体が見えないものをまるで紛れもないたったひとつの事実かのように発信されている気がしてとても怖かったのである。

たったひとつの発信に吸い寄せられていくような時代ではないことは明白なのに、たったひとつの発信を正義かのように拡散し、さらに鵜呑みにする人々も一定数いる。私は何かを発信する時に必ず主語を自分にしているが、この手の発信の主語は「20代女性は」だの「50代男性は」だのと顔が見えないのである。

ゆえに実体がはかれない。こんなにも自分で情報をむことができてその真偽さえ自分で確かめることが推奨されているリテラシー時代に、一体いつまでこんなことをやっているのかとため息が出る。もうそろそろみんな気づいている。

このようなランキングたるものは、興味がある人たちだけが作って、興味がある人たちだけが読み、そこで完結し満足し終始しているだけで、そうではない人々にとってはなんでもないものなのである。しかし今日もどこかのキャスティング会議には引用されるネットニュースがあるのだろう。

私たちミレニアル世代にとって実体が見えないネットニュースを必死で参考にして会議をしている人たちに突きつけたいのは、実体の所在である。

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