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ヒコロヒー「直感的社会論」:なぜ自己啓発系の本はどれも、2ページ目にはジョギングをおすすめしてくるのか

お笑い芸人、ヒコロヒーの連載エッセイ第1回。

Text: Hiccorohee / Illustration: Rina Yoshioka

なぜ自己啓発系の本はどれも

2ページ目にはジョギングを

おすすめしてくるのか。

二週間に一度ほど、図書館で数冊の本を借りる。これは貧乏につき本屋で本を買うということが許されなかった頃からのもう十年来の癖のようなものである。

選ぶ種類はいつからか小説、歴史書、学術書などに絞られてきており、もう一つ、自己啓発書もあるのだが、私には恐れていることがある。啓発書を読んでいると必ずやってくる「ジョギング」のコーナーである。

例えば大金持ちになる方法がつらつらと語られている中で突如ジョギングをするべきだという話が現れ、大企業の偉い人の出世の極意の話の中にもジョギングのコーナーが挟まれる。兎にも角にもジョギングをしろというわけである

いつからか私は予防策として目次にジョギングとあるものは避けるようになった。ジョギングなどしたくないからである。しかし目次には書かれていなくとも読んでいると唐突にジョギングコーナーがやってくるパターンもあり、そういう時、私はジョギングの罠にかけられたような気がし、猛烈に悔しくなる。

気分を晴れやかにさせたいならば部屋の掃除をしよう、という提案と同じで、そもそも気分が晴れやかじゃないから部屋の掃除なんかできないんじゃ、なんでこれからしんどいバイト行くのにその前に一汗かかなあかんねん、と逆ギレしてしまいたくなる。

貧乏暇なしとはよく言ったものだが、時間を売ってその日食う飯をまかなう生活の身であった私は、そういう思考回路にしか陥らない自分には成功する素養がそもそも無いのだろうと思わせられるところまで含めてげんなりするのであった。

その他にも啓発書に大体書かれてあるのは、瞑想をするべし、タスクは午前中に済ませる、プライベートとの切り替えをしっかり、など、どれも私みたいな人間が到底できないことばかりである。読むたびに「僕と君はそもそも人間としての出来が違うよ!」と言われているような気分になる。

それでもしぶとく借り続けるのは、いつか自分にもできそうな、手っ取り早くてしんどくなくて楽にできる方法論が書かれているものに出会いたいからであり、こんな思考回路の時点で「成功する人間」とは程遠いのだろうと、また小さく破るように自分を諦めていくのである。