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〈エルメス〉による一夜限りのサプライズ。乗馬とテクノが融合するファンタジーな世界へ

毎年、趣向を凝らしたメゾンのテーマ発表が話題となる〈エルメス〉。ここ数年は開催されていなかったものの、久しぶりのイベントに、インフルエンサーやプレス関係者が会場に列をなした。テクノミュージックとグラフィックが織りなす前半のイメージとは裏腹に、後半はフィジカルでリアルな演出へと展開する。イベントの一部始終を、レポートする。会場のアートワークを担当したYOSHIROTTEN(ヨシロットン)のインタビューも必読です。

text : Itoi Kuriyama

6月3日夜、新豊洲Brilliaランニングスタジアムで〈エルメス〉による「テクノ・エケストル」が開催された。これは、2022-23年秋冬レディス・コレクションの世界観を伝えるイベントで、メゾンのルーツである乗馬にテクノを融合したものだ。会場の入り口からネオンサインが輝いている。

ネオンの馬たちに導かれるように暗い通路を抜けると、広大なダンスフロアが続いていた。

まず観客たちは奥のホールに案内され、着席してスタートを待った。音楽が鳴り開演するものの、幕は途中で止まりダンサーがステップを踏む足元だけが見える。パリコレの取材でシューズコレクションの展示会を見に行ったとき、こうした演出があったことを思い出す。やがて幕がすべて上がり、17人のモデル・ダンサーたちによるダンスパフォーマンスが始まった。

蛍光色を用いたスポーティなイメージのコレクション。舞台の背景には、服のプリントにもなっている、スカーフ柄「朝の散歩」にドットを融合するなどしてリミックスしたデザインも映し出された。MIKIKOが演出したというダンスパフォーマンスにはかなり激しい振り付けもあったが、ダンサーの身体を包み込む上質なレザーやシルクがその動きを邪魔することはなく、美しいドレープを描いている。

次のパフォーマンスを待つ間、ダンスフロアを改めて見回すと、スカーフが展示されたVIP席のような空間が並んでいる。足元には馬小屋さながらに藁が敷かれていた。こういった演出もエルメスの粋な遊び心だ。

足元に藁が敷かれたVIP席
©Nacása & Partners Inc.

会場の入り口には、1万本の花で形作られた馬のオブジェ。そういえば、同じモチーフのスカーフ柄があった!

中央に設置されたモニターでは、スカーフ柄をアニメーションにした映像が流れている。思えば、エルメスのスカーフにはもちろん伝統的でエレガントな柄もたくさんあるが、馬具を抽象化してポップにしたものなど、奇想天外な発想のデザインも見かける。アニメーション化によって、その世界観がより拡張された気がした。

そうして観客たちが楽しんでいる間に、奥は周囲を柵で囲った空間に変貌。2頭の馬による「バレエ」が披露された。

エルメスのイベントに登場した2頭の馬
©️Yasuyuki Takaki

ハイジュエリーを身につけた馬術選手の髙田茉莉亜と神村ひよりとともに、2頭は音楽に合わせて歩みを揃えたり、走ったり、回ったり。馬場馬術のエレガントな妙技と、毅然とした立ち振る舞いに、観客たちは拍手喝采。乗馬の美しさに魅了された。

帰り際、ダンスフロアで本イベントのインビテーション・ビジュアル・会場デザインを手がけたグラフィックアーティスト、アートディレクターのYOSHIROTTENに話を聞くことができた。2019年の「ラジオエルメス」のアートディレクション、昨年の表参道店のオープニング・キャンペーン・ヴィジュアルを手がけたのに続き、エルメスと仕事をするのは3回目になるという。

「テーマが“テクノと乗馬”と聞いた時は、“最高だな”と思いました。まず馬が“パカパカ”と走る足音は、刻まれるテクノのリズムと重なる部分があるし、昼間で野外といったイメージが強い乗馬を、夜の室内に持ち込むことにすごくわくわくしたんです。僕はDJやクラブデザインもするので、親近感を持ちました。

これまで〈エルメス〉の海外イベントに足を運んだり、パリにあるアーカイヴの数々を見せてもらう機会を持ちましたが、クラフツマンシップを大切にしているのはもちろん、“楽しませる”ことに重きを置いているメゾンだと感じています。僕も終始楽しんで取り組むことができました」

伝統があり、上質な素材や高い技術を誇るメゾンだからこそ、遊び心を思い切り発揮できる。そして、既成概念にとらわれない自由な精神を持つクリエイターたちが共鳴することによって、新しい表現が生まれていくのだろう。そうしたメゾンの姿勢をさまざまな角度から体感することができるイベントだった。