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“既存の価値観を変換する”もの作り。〈Hender Scheme〉デザイナー・柏崎亮にインタビュー

現代のかっこいい大人と話がしたい。今何を見て、どう動いているのか。過去の歴史が築いてきた価値を、新たな時代の価値に変換することに取り組んできた〈Hender Scheme〉のデザイナー、柏崎亮さんにインタビュー。

photo: Yusuke Abe / text: Keiichiro Miyata

既存の価値を変換して、今の時代を作る

〈Hender Scheme〉のデザイナー、柏崎亮さんが作り出してきたものは、トレンドやヒット作だけではない。もっと大きなスケールで、過去の歴史が築いてきた価値を、新たな時代の価値に変換することに取り組んできた。その姿勢は、ブランド名にも込められている。

心理学用語のGender Schemaからの造語で、頭文字の「G」を、アルファベット順で次の「H」に換えることで、“ジェンダーを超える”というコンセプトを表現している。2010年のデビューから、性差のないファッションを打ち出してきたが、気がつけば、それが世の中に根づいていることからも、先駆的なブランドであることが見て取れる。“先を見通す力がある”というと大それたことに聞こえるが、本人は至って飄々(ひょうひょう)とデビューからの13年を歩んできた。

「自分の性格もあってか、“何かをぶち壊す”というほど大きな山と捉えずに、日々の “既存の価値観を変換する”もの作りが自然にできています」

それは幼少期からのある考えが大きく影響している。これまでさまざまなインタビューで、“憧れる人はいる?”という質問に、柏崎さんは「特にいません」と答えてきた。それは嘘偽りない本心だ。

「特にファッションにおいてある特定の人物やカルチャーに強烈な憧れを抱くことなく過ごしてきました。ブランドを始めた時も、ロールモデルとなるデザイナーが浮かばなかったのはそのため。特定の何かに強く憧れていたら、それを過剰にリスペクトして自分の進むべき道に悩むこともあったのかもしれません。幸か不幸か、僕にはその対象がありませんでした」

この姿勢が自身のアイデンティティとなり、自由な発想を素直に形にするスタンスに繋がっている。

〈Hender Scheme〉の事務所内
息子がお絵描きしたボード。柏崎さんにとっては特別な価値のあるもの。

他人にはどうでもよくて、自分には価値あるものが大事

大量生産されるスニーカーを、あえて手工業で作る《MIP》シリーズは、“価値を変換した”ブランドを代表するプロダクトの一つ。自由な発想はアイテムだけにとどまらず、近年では新作の展示会のサイクルを “夏秋”と“冬春”という独自の区切りにしたり、“物々交換”をコンセプトにした実験的なギャラリー〈隙間〉を運営したり、と多岐にわたる。

「ギャラリーは、貨幣を介さずに価値を交換できるかを模索しているスペースです。我々からは10日間の展示会場と運営を、出展者からは展示品のうち1点を物々交換することを条件にしています。作品販売時のコミッションはもらわないスタイルです。過去6回の展示を終えて、互いのコミュニティの行き来や創作への刺激といったことも魅力的な価値として“交換”できる発見がありました」

展示会前日には、関係者を招いたディナーが行われるのだが、それはこれまでの数々のブランドとの協業の経験が生かされている。

「コラボレーションは、共同制作したプロダクトだけに実があるのではなく、その過程で享受できる経験を僕たちは大事にしています。例えば、仕事のやり方、もの作りのテクニックやマテリアル、カルチャーといった副産物みたいなものに豊かさがある。〈隙間〉ギャラリーで行うディナーのリファレンスになったのは、2021年の〈トッズ〉との取り組みです。イタリアのブランドということもあってか、商談よりも先に食事をしながら人間関係を築くことを文化的に大事にしていました。その経験をギャラリーで生かしています」

既存の価値に何かを掛け合わせ、上書きすることはもはやお家芸。

「自分が表現活動に関わった時代を振り返った時に“2020年代は、1990年代のリバイバルだった”と言われたくない。時代をなぞるだけでは、空白だったのと同じこと。自分がやったことが歴史の一端になって、誰かのリファレンスになれていたら嬉しい。時代の連続性の中にいることを認めたうえで〝今〟を引き受けて、これからも取り組んでいきたい」

〈Hender Scheme 〉デザイナー・柏崎亮
2020年にアトリエとショールームを分けてから、デザインに没頭できる環境を手に入れた。壁には、2023-24年冬春シーズンのデザイン画とプロトタイプの写真が貼られ、これで作業の進捗が一目でわかる。