全編フランス語、現地撮影により、代表作をセルフリメイク
——今回のリメイクにあたり、オリジナルでは男性だった主人公のキャラクターが女性に変更されていますね。
黒沢清
ええ、自分の映画をフランスでリメイクする、あまりない経験でしたから、オリジナルを基にしつつ、なにかを大きく変えようと。もちろんフランスで撮ること自体が大きな変化なんですが、根本からなにかを変えなければ同じになってしまうと思ったとき、主人公を女性にしよう、そしてほかの主要キャストがフランス人である中、主人公だけを日本人にしてみようと思ったんです。それでミステリアスな眼差しが以前から魅力的だと思っていた柴咲さんに、どうかなと思いながら、恐々と声をかけて。
柴咲コウ
いえ、声をかけていただいて本当に嬉しかったです。ただ、やはり言葉の壁があったので、撮影の半年近く前からレッスンを受けて、フランス語に毎日触れる必要がありました。
セリフがきちんと馴染まないと、セリフの前後の動作や顔つきまで、神経が行き届かなくなってしまうんですね。少なくとも、台本で望まれていることはできるようにしておかなければなって。
黒沢
言葉に関しては、僕は無責任にお任せしたというか……経験上、俳優の方はある言葉を自分のものにする能力、暗記するとか、そのまま言うとかいう能力がすこぶる長けていることを知っています。ですから、本人は大変だったでしょうけど、たぶんやってくださるだろうと。
柴咲
たしかに感覚的にはいつもと同じだったかもしれません。以前、手話で演じたことがあるんですが、そのときも覚えてしまえば会話することに違和感はなくて。フリートークをするのは難しくても、セリフが馴染めば、ちゃんとその言語で会話している感覚になれるんです。
なぜ復讐劇に惹かれるのか
——柴咲さんとしては初の黒沢作品でしたが、監督の演出は?
柴咲
一言で言うと、“ない”ようで“ある”(笑)。多くは語らないけど、ここを歩いてくださいとか、最小限のことは伝えてくださるんです。なのでそこに心情をどのようにシンクロさせるかということを、ずっと意識していたような気がします。
黒沢
あの、多くを語らないとよく言われるんですが、ほかの監督はそんなに言うんですか?(笑)すごく言う人も、反対になにも言わない人もいると聞くので、僕はちょうど中間くらいじゃないかと。
柴咲
理想形なんだと思います。それで監督がイメージしたように、役者が動けているなら。監督は役者に信頼を寄せてくださっているんですよね。
——『蛇の道』のテーマは復讐です。
柴咲
理解できたとたやすく言っていいのかわからないですが、傷ついた経験や、逆に傷つけてしまった経験もあるので、共感できるテーマですよね。そういう自分の経験を種にして、演出を加えてもらいながら、今回は大きく肉付けしていった気がします。
黒沢
復讐劇というのは、シェイクスピアにもいろいろありますし、赤穂浪士の物語も含めて、一種の定番として語られてきました。ただ復讐劇は、どう作っても悲劇でしかない。虚しさが残ったり、復讐がどこまでも続いたり、ああ、よかったという終わり方はないわけです。
たぶん物語を作る人間は、その復讐劇の構造を用いて、普遍的な悲劇を作りたくなるんでしょう。『蛇の道』の場合、オリジナルの脚本が非常によくできていたんですが、抽象的な、ある種のシンボリックな世界にとどまっていたかもしれません。
今回のリメイクでは、臓器売買とかネグレクトとか、そういった社会的なサブテーマを復讐劇とリンクさせることも目的でした。オリジナルとは切り離し、まったく新しい映画として観てもらえれば嬉しいです。