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「山に、行きたい」橋本愛の夢が叶った日
photo: Eriko Nemoto / styling: Naomi Shimizu / hair & make: Hiroko Ishikawa / text & edit: Yuriko Kobayashi / cooperation: Hutte New Casa
初出:BRUTUS No.987「山を、歩こう。」(2023年6月15日発売)
10年前の自分へ。山ってやっぱり、最高だよ
「私、山に行きたいんです」。とある取材の合間、橋本愛さんがポツリと言ったのは4年ほど前のこと。「近く一緒に山を歩きましょう」と約束したが、長くそれを果たせずにいた。
入笠山(にゅうかさやま)は長野県富士見町と伊那市にまたがる山。標高1955mの山頂からは富士山や日本アルプスなどの大展望を望め、周辺の湿原では季節の花や、涼やかなせせらぎに出会える。爽快な登山と、のんびりしたハイキング。その両方を手軽に味わえる山はそう多くない。初登山にはうってつけの山なのだ。
山頂へ続く急坂を前に「こういうの、やってみたかった!」と、ひるむことなく登っていく。息一つ乱さない、見事な健脚ぶり!
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山頂へ続く急坂を前に「こういうの、やってみたかった!」と、ひるむことなく登っていく。息一つ乱さない、見事な健脚ぶり!
山頂でおむすびを頬張り、山に来られた喜びを噛み締める。「次はホットサンドとか、“山ごはん”作りにも挑戦してみたいな」
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お気に入りの豆を携帯用のミルで挽いてコーヒーブレイク。登山用のガスバーナーとケトルは小さく軽量で持ち運びも苦にならない。
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「お湯の温度とか家よりラフに淹れてるはずなのに、なんでこんなにおいしいの⁉」と、この笑顔。はい、それが“山の魔法”です。
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大阿原湿原の奥に広がる沢沿いのトレイルへ。苔むした森とせせらぎ、優しい木漏れ日。橋本さんが一番好きだと言っていた風景。
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森で見つけたお気に入りの植物は、樹皮に付着する糸状の地衣類、サルオガセ。「とろろ昆布みたいだと思ったら、意外とゴワゴワ!」。山で見るものすべてが新鮮で、面白い。
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「これこれ、これを求めてた!」。山頂へ続く登山道へと足を踏み入れた途端、橋本さんは急坂を駆け上がっていく。
「土を踏んで歩く。緑や鳥の声に包まれる。こういうことをしたかったんです。10年前の自分に教えてあげたい。もう少し頑張ったら山に行けるよ。最高だよって」
歩きながら思い出すのは故郷・熊本のこと。幼い頃は家族で阿蘇山麓の高原へ出かけた。自然はいつもそばにあって、日常と地続きだった。
「中学生でデビューして以来、ゆっくりと自然の中に身を置くという機会がなくて。土とか緑とか水とかに触れたい!っていう欲求が蓄積されていきました。そのピークが映画やドラマなど大きな仕事のプレッシャーを抱えていた17歳くらいの頃。だから今日は10年越しの夢が叶った日。感無量で、言葉になりません」
近年は長年の目標だった歌手としての活動も精力的に行っている橋本さん。徐々に本来の自分を解放し、のびのびと表現できるようになってきた。そんなタイミングで山に来られたのは、きっと偶然じゃない。
「やりたいことに正直でいると、何が自分に必要かがわかってくる。山もそうで、身も心も満たされていくような感覚が心地よくて。日常と地続きとはすぐにはいかなくても、いつでも自然の中に入っていける身軽な自分でいられたらいいな」
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展望と森。豊かな山の表情を楽しむ長野・入笠山&大阿原湿原コース
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