モーツァルト
ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
オイストラフがベルリン・フィルを弾き振りした盤は、独奏・指揮共に文句なく素敵だ。ヴァイオリンの音はどこまでも美しく、オーケストラは見事に均整がとれている。演奏全体に王者の風格がある。
バルシャイが指揮したものと、自身がフィルハーモニアを指揮したものは、それに比べるといささか精度が落ちる。オイストラフはこのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集を出したあと、ほどなくして亡くなった。
この協奏曲はなぜかヴァイオリニストが指揮も受け持っているものが多いようだが、マゼールの場合は少し違って、指揮者がヴァイオリン独奏も受け持っている、と言った方が正確かもしれない。
もともとはヴァイオリン奏者で、指揮者になってからも楽器の練習は毎日欠かさないという人なので、独奏はさすがに達者だ。技巧的には何の問題もない。ただヴァイオリンの音は少し線が細く、そのぶん説得力に欠けるきらいがある。全体的に今ひとつ印象が薄い。
グリューミオはコリン・デイヴィスと組んだステレオ盤の全集の評価が高いようだが、モノラル時代の全集はそれに負けず素晴らしい出来だ。どこまでもナチュラルにのびやかな美音が、モーツァルトの音楽の最も美しい側面を鮮やかに描き出す。
少し美しすぎるんじゃないかという意見もあるかもしれない。しかし「美しすぎて何が悪い」ときっぱり言い返せる人であれば、グリューミオのこのモノラル盤をおそらく宝物のように大事に聴き続けるに違いない。
ルドルフ・モラルトという人のことはよく知らないが、このレコードで聴く限りなかなか闊達で達者な指揮ぶりだ。少なくともヴァイオリニストの歌の流れをまったく妨げてはいない。
僕の贔屓のフランス人ヴァイオリニスト、ジャック・カントロフが、レオポルト・ハーガーの指揮のもと、実に流麗にこのト長調の協奏曲を奏でる。演奏のラインとしてはオイストラフに近いが、質においても決して偉大なる先輩に負けてはいない。
優れて知性的であり、現代の空気を進んで取り入れながらも、歌うことを決して恐れないカントロフの面目躍如だ。5番と組み合わされたこの盤は、僕の個人的愛聴盤になっている。録音も素晴らしい。
スターンはステレオ時代にセル/クリーヴランド管と組んでこの協奏曲を吹き込んでいるが、こちらは単発でモノラル時代に弾き振りしたもの。これが実にきりっとした潔い演奏になっている。スターンの後年の演奏は時として胃にもたれることがあるが、ここでは音がいかにも若々しく爽やかだ。オーケストラの音も生きている。
この人、どうして同じ弾き振りでモーツァルトの協奏曲全集を録音しなかったのだろう?