敦煌よ、永遠なれ。おいしい思い出とともに
店名の由来を聞くと、「名前は別に何でもよかったんです。ポチでもタマでも」と、店主の妻・明子さんが笑う。隅から隅までほんとうに清潔で、気持ちのいい空間。誰でも温かく迎え入れてくれる柔和なもてなしに心癒やされた人も多かった。
当初はコースもアラカルトもあったけれど、店主が年を重ねるにつれ、コース1本にし、席も円卓1卓のみとなる。当然ながら予約がとれにくくなり、ついには数年待ちとなってしまった。
開店当初より通うタベアルキストのマッキー牧元さん。「よく知っている食材や料理のはずなのに、新たな魅力を教わることが多かった。ある日、女将さんから“今日は心の乱れがあって、デザートがよくできませんでした”と言われたけれど、微塵も乱れは感じられませんでした。彼らが求める料理のレベルはそれほど高かったんです」
料理家の重信初江さん。「私は野菜の前菜が大好きで、中華料理なのにライムを使ったりするセンスに脱帽でした。敦夫さんに作り方を聞くと、何でも丁寧に教えてくれました。漬物好きの私に、お酒のアテにと新生姜(しんしょうが)の甘酢漬けや味噌漬けを大盛りで、時にはお土産で持たせてくれる心遣い。作り方を聞いても、“こんなのどおってことないのよ”と明子さん。そんな優しさが好きでした」
中華料理〈湯気〉店主の田口雄一さん。「敦煌の料理は美しく儚(はかな)く潔い。まるで体操選手のように“ここ”という一点にピタリと味が着地する。すべてが美意識に貫かれ、毎回その異次元の完成度の高さに、時が止まったように感じていました」
石垣島で〈辺銀食堂〉〈石垣ペンギン〉を営むぺんぎんあいりさんが言う。「初めて行ったときは、最初から最後まで、ただただ驚きでした。敦煌マジックにかかると、いつもの料理がまるで別物。すべてが新鮮な感動として迫ってきました」
もうすぐ閉店を迎えるある日、どんな気持ちか尋ねてみた。「あ、終わるという気持ち」と明子さんは淡々としたもの。どこまでも平常心だった。ファンの熱い言葉と感謝を餞(はなむけ)に、さらば敦煌。

常連たちが切り取った、敦煌の思い出
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身欠きニシンの山椒煮
新生姜の味噌漬け身欠きニシンの山椒煮
新生姜の味噌漬け -
ピータン豆腐
ピータン豆腐 -
なすのごまだれ
なすのごまだれ -
黒ごま白玉
黒ごま白玉 -
イカとアイスプラント
イカとアイスプラント -
水餃子
水餃子 -
高野豆腐のごま煮
高野豆腐のごま煮 -
杏仁豆腐と小豆あんの“しましま”
杏仁豆腐と小豆あんの“しましま” -
冬瓜と帆立貝柱、卵白のスープ
冬瓜と帆立貝柱、卵白のスープ -
鶏肉と香菜、レタスのサラダ
鶏肉と香菜、レタスのサラダ -
ガツとニンニクの芽の炒め
ガツとニンニクの芽の炒め -
杏仁豆腐と烏龍茶のゼリー
キャラメルソース杏仁豆腐と烏龍茶のゼリー
キャラメルソース -
クラゲとキュウリと大根の冷菜
クラゲとキュウリと大根の冷菜 -
豚角煮
豚角煮 -
汁なし担担麺
汁なし担担麺 -
ニラうどん
ニラうどん
常連さんからお借りした料理写真のあれこれ。「この料理よりあれでしょ」と眉を寄せる方もいるかもしれないが、ま、そのあたりはお許しを。案外、イチオシは撮ってなかったりするもんで。
敦煌愛が半端ないファンが口を揃えるのは、「食材の絶妙なバランス」「繊細な味加減」「美しく潔い」「上品でエレガント」「必ず、はじめましての味がある」などなど。手頃なお値段なのに、食材は驚くほど上等。入手先もレシピも聞けば何でも教えてくれた店主夫妻。最近では、前菜3種、料理3種、デザート8種といったラインナップだった。
器は料理が映える白を。何でもさりげなくて1ミリも威張ったところがない。常に学びを忘れず、寡黙に料理に集中する敦夫さん(店主)と、陰で支え続けた明子さん、ほんとうにお疲れさまでした。
