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鈴木敏夫が語る、ジブリとユーミン。「宮さんはユーミンが大好きだったんです」

『魔女の宅急便』では「ルージュの伝言」と「やさしさに包まれたなら」。『風立ちぬ』では「ひこうき雲」。スタジオジブリ作品がユーミンの曲を主題歌にしてきた経緯を、プロデューサーの鈴木敏夫さんは「本当に偶然なんですよね」と振り返ります。

photo: Keisuke Fukamizu / text: Yusuke Monma

偶然っていうのはどういうことかというと、『魔女の宅急便』を作っていた頃、僕のガールフレンドがユーミンのコンサートに行きたいと言いだして、連れられて行ったんです。そうしたら華やかでしょう?惹きつけられましたよね。もちろん彼女の歌はそれまでにも聴いてましたけど、そのコンサートの影響が大きかった。

次の日、僕と宮崎駿、高畑勲の3人で『魔女の宅急便』の主題歌を検討する打ち合わせがあって、2人が何も言わないからね、僕は聴いたばっかりだったんで「ユーミンはどうですか?」って。もちろん言いませんよ、前夜コンサートに行ってたことは(笑)。ただそれだけなんです、本当に。

宮崎駿は朝から夜までユーミンを聴いていた

最初は新しく曲を作ってもらうつもりだったんですね。それがそうじゃなくなった。端折(はしょ)って言うと、その頃音楽に関しては主に高畑さんと僕とでいろいろ決めることになっていたんです。だから2人でユーミンの曲を聴いて、既成曲から主題歌を選ぶ、そんな機会がありましたね。全部聴きました。

その中で「ルージュの伝言」は1960年代を懐かしむみたいな曲でしょう。『魔女の宅急便』の世界っていろんな時代がごちゃごちゃになってるんです。60年代の雰囲気もあれば、70年代も80年代もある。そのへんがマッチしたんですね。それと「やさしさに包まれたなら」っていうのは、もともと名曲だと思ってました。

もう一つ、大事なことを忘れてた。宮さんはユーミンが大好きだったんです。それがまたはた迷惑でね、スタジオのみんなは音楽をイヤホンで聴いてるのに、自分はラジカセをかけっぱなしなんですよ、朝から夜まで。毎日そうだから、カセットテープがたるんで違う曲みたいになってたんだけど、まあそれくらい好きなら異論はないだろうなと。やっぱりなかったんですよ。それで決まったという経緯がありましたね。

「中央フリーウェイ」が候補に挙がってたという噂があるみたいですけど、それはありません。「中央フリーウェイ」は歌詞が具体的すぎるから、『魔女の宅急便』には合わないんです。それでいうと、やっぱりぴったりなのは「ルージュの伝言」なんですね。

ほうきに乗って空を飛ぶキキがラジオをつけると、曲が流れてくる。それは僕にとっても懐かしい感じでね。僕は60年代に中高生だったし、当時は洋楽ばかり聴いていて、初めて買ったレコードがジョニー・ソマーズの「内気なジョニー」。これぞ60年代っていう曲でしょう。そういう意味でも「ルージュの伝言」が好きだったんです。

宮さんが言ったんです、これ、主題歌じゃんって

『風立ちぬ』に関しては、これから作るっていう時に宮さんが「今度のは主題歌なし」って言ってたんです。僕は音楽担当だから、ああ、助かったと思ってね。だって考えなくて済むでしょう。

それでなんだかんだやってたら、古い友人がね、僕にユーミンとトークイベントをやってほしいって言ってきたんです。僕は自分が出ても面白くないと思ったんだけど、『魔女の宅急便』と『おもひでぽろぽろ』のブルーレイ発売記念イベントだっていうから、それはやんなきゃしょうがないなと。

それで『日本の恋と、ユーミンと。』の見本盤をいただいて、会社の行き帰りに車で聴いてたんですよ、順番に。そうしたら最後の最後に「ひこうき雲」が流れてきて、びっくりしましたね。これだなって。

ちなみに本チャンのアルバムでは曲順が変わっちゃうんですけど、まあそれは置いといて、さっそく宮さんに提案しようと思って、「ひこうき雲」をちょっと聴かせてみたんです。たしかiPadかなんかで聴かせましたね。そうしたら宮さんが「何これ、鈴木さん!主題歌じゃん」って。やっぱりそうだよなと思いました。

ところが実を言うと、その話をした次の日がユーミンとのイベントだったんです。本来ならいろんな手順を踏んで、OKを取らないといけないじゃないですか。だけど僕ね、面倒くさいなと思ったんです。せっかくしゃべるんだから、本人に言っちゃうのはどうかなと。

もちろん急に本番でしゃべるのはまずいから、1時間くらい早めに会場に行って、メイクとか衣装合わせとか、ユーミンが終わったところを見計らって申し入れようって。でも全然終わらないんですよ(笑)。え、どうしようと思ってね。イベントがお開きになったら、すぐ帰っちゃうかもしれないし。

結局、イベント本番になって、その席上で提案したんです、いきなり。そうしたら、それまで普通にしゃべっていた彼女が急に黙って、何かなと思ったら、鳥肌が立ちましたって言うんですね。「駄目なんですか?」って聞いたら、「違いますよ!」とかなんとか言って。それがきっかけです。トントントンっていう感じでした。

でもおかげさまで本当によかった。映画の終盤で主人公の二郎は、夢に出てきた菜穂子に話しかけられます。実は初めのシナリオではこうだったんですよ、「来て」って。菜穂子はもう亡くなってるから、「来て」っていうのはあの世に行くことでしょう。でも2人であの世に行く結末はどうなんだろうと思って悩みましてね。だから宮さんに提案したんです、「来て」の前に「い」を入れたらどうですかって。

つまり「生きて」。で、そのあとに「ひこうき雲」が流れる。「ひこうき雲」はあの映画のために書かれたんじゃないかと思うくらい、歌詞もぴったりでね。「死」がテーマの曲なんでしょう?合ってましたよね。ユーミンには感謝してます。

偶然っていうんですかね、主題歌が決まるのは

主題歌や挿入歌に既成曲を使うのって、業界の人だとわかるんだけど、けっこう大変なんです。権利の問題で、新しく曲を作った方が自由に使えるんですよね。

そういうことでいうと、高畑さんなんかは『おもひでぽろぽろ』とか、『ホーホケキョ となりの山田くん』とか、既成曲をたくさん使うんで大変なんですよ。まあ必然性があるんですけどね。『おもひでぽろぽろ』は特にそうだけど、音楽が時代を表すキーになっている。これは横道に逸れるんですけど、ジブリの作品ってね、アメリカですべてDVDやブルーレイになってるんです。

ところが『おもひでぽろぽろ』だけは長い間ならなかった。なんでかっていうと、使った曲が多すぎるでしょう。その権利の関係で、売れれば売れるほど赤字が増えると思ったんです。こんなことしゃべっちゃっていいのかな(笑)。まあ、そんな事情もあって大変なんです。

高畑さんはとにかく音楽好きでしたね。本当にすごい人で、例えば曲を聴くじゃないですか。そうしたら五線譜に採譜できるんです。楽器にももちろん詳しくて、オーケストレーションを録る時に、ここのチェロは外したらいいんじゃないかとか、そういう細かいところまで全部やっていた。だから宮さんは口出さないんです。もう勝手にやってもらおうって。

ただ『もののけ姫』の主題歌なんかは宮さんの提案でしたね。ある時、「鈴木さん、こういう人知らない?」って、米良美一さんのことを聞かれたんです。「朝、ラジオで聴いたけどよさそうだよ」って。そういう感じで、米良さんに『もののけ姫』の主題歌を歌ってもらうことになったのも、本当に偶然っていうんですかね。

主題歌や挿入歌を決める時は、あんまり深く考えないです。っていうか、映画を作る時に音楽担当って、自分には重荷だと思って仕方なくやってきたんですよ。ところがある日、坂本龍一さんに声をかけられて、映画音楽をテーマにしたトークショーを2人でやったら、坂本さんにすごく褒められてね。鈴木さん、むちゃくちゃ詳しいですねって。

あんまりそう思ってなかったんですけど、意外と知ってるんです、映画音楽について。だから少し自信が出たのはその時ですね。ユーミンの話からちょっと外れちゃったけど、ユーミンの既成曲を使って、3度目の主題歌っていうのはあるのかな?さすがにもうないですかね(笑)。

荒井由実の歌詞が具体的だったのはなぜか

ユーミンの1枚目のLPが『ひこうき雲』ですよね。たぶんその時からユーミンは聴いてるんです。それで2枚目、3枚目のLPは持ってますね。さっき突然思い出したのは、昔買ったLPにサインをしてもらったなって。『REINCARNATION』かな?それがさっき話したトークイベントのあとなんですけど、そこからのお付き合いですよね。

松任谷由実『REINCARNATION』のLP
アルバム『REINCARNATION』のLPに記されたユーミンのサイン。「2012年12月18日」の日付は、鈴木とユーミンが出演したトークイベントの約1週間後にあたる。

聴いていて思ったのは、荒井由実の頃の歌詞は特に具体的なんです。それがなぜか知りたかったから、ユーミンご本人に話した覚えがありますね。「ご自宅には庭がありますよね。で、畳の上に座って、庭に見えたものを詞に書いたでしょう?」って。絶対にそのはずなんですって言ったら、「え!」って驚いて、ユーミンも認めてましたけど、よく聴くとそれが見えてくるんです。

いっとき、この人の曲は何がいいんだろうと思って、そうやって考えてみたことがあるんですよ。それで荒井由実から松任谷由実になる頃、詞が次第に抽象的になっていく。さんざっぱら具体的なものを書いたあと、そういうものに変わるんです。その変化が面白かったのを覚えてます。

まあ、ほとんど同世代ですから、共に歩んできたんですよ。実は松任谷正隆さんは、彼が高校生だった頃から知ってるんです。どういうことかというと、僕の友人が大学時代にバンドを組んでいて、そのバンドボーイだったんです、彼。

だから学生だった頃、友人の家に集まると、今と違って物静かな正隆さんもそこにいてね。今と違って、っていうのはあれだけど(笑)。友人は就職の時期が来たら音楽をやめて、働き始めましたけど、のちに友人と僕、それから正隆さんでご飯を食べたことがあって、そこにあとからユーミンがやってきたことがありました。

『風立ちぬ』の時に正隆さんから依頼を受けて、「ひこうき雲」のリリース40周年を記念した特別企画盤を作ったこともありますね。裏ジャケットにある「天上大風」の字なんかは僕の書ですけど、好きにやってくださいって言われて楽しかったです。

生活感を感じさせない、その軽さが新しかった

今思うと、ユーミンにはトークイベントの時に、本当にひどいことを言っちゃいましたね。こんなことを言ったんです、ユーミンはデビューの時からずっと聴いてきたけど、歌い方が変わりませんねって。要するに、普通の歌手はだんだん上手になっていって、上手になるとつまらなくなるのに、ユーミンは変わらない。変に上手にならずに、歌い方を鍛えてきましたねって言っちゃったんです。

そうしたらすごい顔をされちゃってね。でもさすがです、彼女は。一拍置いたあと、「まだ伸びしろがあるんです」って。もう感心しましたよ、返しがうまくて。意外と怒ってたのかな(笑)。ただ、変わらないっていうのはとんでもないことなんです。そう思いますよ。

ユーミンの曲の中で何がいちばん好きかと聞かれると、悩んじゃうな。ユーミンの場合は全部がユーミンだから。でも「ルージュの伝言」と「やさしさに包まれたなら」は、やっぱり好きだったんですよ。あと印象に残ってるのは、「リフレインが叫んでる」ですか。

たぶんあの曲が入ったアルバム(『Delight Slight Light KISS』)が出た時だと思うけど、ユーミンが一日中ラジオに出ずっぱりでレコードを売る、そういう企画があった気がしますね。今、何枚売れてますって言って。その時、これはそれまでのユーミンとは違う、新しいユーミンだと思いました。

ユーミンってね、いろいろ具体的なことを詞にするくせに、生活感がないんですよ。だから面白い。新しい時代のヒロインだったというか。何が言いたいかっていうとね、宮崎駿のヒロインたちって、一つの大きな特徴が生活感なんです。かわいいだけじゃなく、みんな生活感を感じさせる。一方でそういうものをユーミン世代には感じませんよね。その軽さが新しかった。僕ら団塊の世代もそうだったのかもしれないですけどね。

宮崎駿っていう人が面白いのは、なにしろ昭和16(1941)年生まれだし、本来は戦後派じゃないんですよね。それなのにあの人の感覚って、団塊世代と同じなんです。彼が描くとなんでもソフィスティケートされる。そして生活感が消える。それなのにヒロインには生活感があるっていうアンバランスさが、きっとみなさんに支持されたところでね。

そういった時に、具体的だけど生活感のないユーミンの曲は、その世界に無理なく入ってくる。それでユーミンの曲とジブリ作品は相性がいいっていうのかな。そんな気が僕はしてますけどね。

スタジオジブリ プロデューサー・鈴木敏夫
取材が行われたのは鈴木の隠れ家〈れんが屋〉。ラジオ『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』でも、ここにゲストを招いている。