〈ビーツ・バイ・ドクタードレー〉〈アンブッシュ〉〈エアジョーダン〉……。大物ヒップホップアーティストさながらのコラボレーション遍歴を持つ、クリエイティブビジネスの雄がいる。NY・ブロンクスを拠点に、世界に向けて新たな“食”のカルチャーを提案するシェフ集団〈ゲットー・ガストロ〉だ。ラムダン氏とも旧知の仲であるファウンダーのジョン・グレイのオフィスを訪ねた。
シェフ集団を標榜しながら、彼らが手がけるのは食品だけではない。大手スーパー〈ターゲット〉とも協業して、パンケーキミックスからワッフルメーカー、ホットプレートといった家電までをプロデュースする。パンデミックの最中にはブロンクスで10万人分の食事提供も行った。彼らは今も地元を離れることはない。

「26歳くらいの時、友人と経営していたデニムブランドが厳しい時期に差し掛かって、これからの人生をどうするべきかを真剣に考え始めたんだ。“自分が情熱を持てることは何だろう?”と自問した時に思い浮かんだのが“食”だった。それで仲間と業界の人たちを集めた小さなディナーパーティを始め、その噂が広まり2012年に『Waffles and Models』という食のイベントを始めたんだ。ソウルフードであるチキン&ワッフルをサーブして、ブレイクする前のカーディ・Bがダンサーとしてパフォーマンスしてくれたりね。最初はいろんな人から“ゲットーすぎる”とか“ブラックすぎる”“絶対にうまくいかない”と言われた。でも、その言葉が逆に俺たちを奮い立たせた。俺は自己中心的なクリエイターだし、これまでも自分が欲しいものを作ってきた結果が今さ」

彼らの活動はまさに食べるヒップホップ
従来の食のイメージにとらわれず、独自の道を切り開く彼らだが、それはヒップホップミュージックのようなものだという。

「俺たちが行うのはアッサンブラージュ(異なる要素を組み合わせること)だ。一般的な視点では組み合わせることを考えないようなものを融合させる。例えば、最初にピーナッツバターとジャムを合わせた人って誰だったんだろうと思わない?当時、多くの人はそれを良いアイデアだと思わなかったかもしれないけれど、今ではそれが当たり前になっている。俺たちはそんな、新しいスタンダードを作りたいんだ」
垣根を越え、異種混合を仕掛ける彼らだが、根底には自身のルーツを食文化を通じて伝えたいという思いがある。
「例えば音楽や芸術、建築に関心がない人はいるかもしれないけど、食べることは誰にとっても必要。だからフードは人々とつながる強力な手段なんだ。俺たちが育ったブロンクスでは、手軽に手に入る多くの食べ物は害のある着色料で加工され、栄養がないものばかりだ。だから、地元コミュニティにも馴染みのある食べ物で、でも体に悪くないものを作れたらという思いで〈ターゲット〉との朝食シリーズは生まれたよ。俺はいつも自分がどこから来たのかを考えながら、意味のあるものを作りたいと思っている」
慣れ親しんだソウルフードを、ファッションや音楽、アートと合わせて人々に届ける。これこそが〈ゲットー・ガストロ〉が奏でる彼らなりのヒップホップであり、食を通したデモクラシーだ。己を知ること、そして、何を組み合わせるとうまく消費者に届けられるか、というクリエイティブな部分が彼らのビジネスを世界に羽ばたかせている。
