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世界の地政学&国際関係リスク Vol.1「深まる米中対立とデカップリング」

特集「大人になっても学びたい!」に掲載した八田百合による特別授業「地政学から近未来を予測するリスク管理スキル」の拡大版!

世界中あらゆる地域で起こる紛争やその火種の中から、ビジネスに大きな影響を及ぼすリスクを10個ピックアップ。本誌では紹介しきれなかった、これらのリスクの概要と今後の見通しについて解説します。

text: BRUTUS

グローバル化していくビジネスにおいて、国際情勢を読み解くスキルは必須。ここでは、日本のビジネスにも影響の大きそうな、世界の主なリスクを挙げ、その概要と今後の見通しを学んでみる。教えてくれるのは人気コミック『紛争でしたら八田まで』の監修を手がける川口貴久さんが所属する東京海上ディーアールの方々です。

深まる米中対立とデカップリング

2023年5月のG7広島サミットでは経済安全保障に関する成果文書が採択され、日本を含む各国が中国との「デカップリング」を望まず、経済関係の多様化と「デリスキング(リスク低減)」が重要だと強調した。しかし残念ながら、国家安全保障に近い産業や先端技術分野では米中デカップリングがますます進行している。

典型例は半導体分野だ。22年10月、バイデン政権は従来の対中半導体輸出規制を拡大し、米国人が開発や生産に関与することも制限した。

23年8月の大統領令は、「懸念国」(中国)が「軍、インテリジェンス、監視、サイバー能力に不可欠な機密技術や製品の進歩を直接的に指揮、促進、その他の方法で支援する包括的・長期的な戦略を遂行している」との認識の下、米国から中国のスーパーコンピュータ等の開発に貢献する半導体への新規投資を制限する。これにより先端半導体分野ではモノ、ヒト、カネのデカップリングが進む。

中国もまた対抗措置を講じる。中国の重要情報インフラ事業者が米マイクロン社の製品を調達することを禁じ、半導体素材に不可欠な希少金属であるガリウムとゲルマニウムの輸出管理を強化した。ドローン関連製品の輸出制限も対抗措置の一環の可能性がある。

こうしたデカップリングは半導体産業を超えて拡大するリスクがある。8月の米大統領令は量子関連技術、人工知能(AI)も対象としているし、バイデン政権内では再生エネルギー関連やバイオ関連の技術も囲い込むべきだとの見方がある。

そして、この状況は短期的には変化しにくい。まず米国の対中強硬策は超党派のコンセンサスの上で形成されている。1979年の米中国交正常化以降、米国の対中政策は政権交代による振れ幅はあるにせよ、「関与」が基本であった。

これは、中国は経済的には改革開放、政治的には漸次的民主化を進め、国際社会において責任ある利害関係者になるという期待に基づく対中政策である。しかし、今やこの政策は間違っていたという考え方が支配的だ。こうした米国の対中政策はドナルド・トランプ前大統領が一夜にして変えてしまったわけではない。

この10年間、つまり第2期オバマ政権、トランプ政権、そしてバイデン政権で形成されたものだ。24年11月の米大統領選挙結果がどうであれ、対中政策が短期的に転換する見込みは低い。

中国も複雑な政治環境がある。22年10月、中国共産党大会では習近平党主席が異例の「3期目」を決めた。後継者が見当たらないことから、実際にはさらに異例の「4期目」(~2032年)続投も視野に入る。4期目を見据える習政権にとって対米関係の改善は最重要課題だが、米国に屈するわけにもいかない。(川口貴久/東京海上ディーアール)