「季節の花や好きなグリーンを飾るといつもの空間が美しくカッコよくなる。でも、それだけじゃないと思うんです。ふと目を向けた場所に一輪の花があることで、人はホッとしたり励まされたり、辛いことを少しだけ忘れたりできる気がします」と話すのはインテリアスタイリストの作原文子さん。雑誌のページでも、イベントや企画展の会場づくりでも、映画の美術やインテリアでも、だから作原さんのスタイリングには花が欠かせない。
「あしたのベストバイマーケット」は、「誰かにとって、人生最高の買い物になるもの」を提案する企画。一輪の花を飾る習慣が、人生にどれだけの喜びや助けをもたらすか。それを知っている作原さんが考えたのは、初めての花器。
「花を飾ることに不慣れな人でも、この花器があればカッコよく生けられる。花一輪でも生けるのが楽しくなる。そういうアイテムを作りたいと思い、信頼する器作家3組に声をかけました」
焼き物の里、栃木県益子町の〈郡司製陶所〉が作る水差し型の花器
「水差し型のフラワーベースを作ってくれたのは〈郡司製陶所〉。私は郡司さんが作るハンドル付きのピッチャーが大好きで、自分でもよく使っているんです。花に慣れていない人も取り入れやすいと思いますよ」と作原さん。
〈郡司製陶所〉は、郡司庸久(つねひさ)さんと郡司慶子さんによる工房。焼き物の町としても知られる栃木県益子町の里山に住居兼アトリエを構え、活動を続けている。ろくろで成形したシンプルな器から、彫り細工や絵付けをほどこしたものまで作風はさまざまだが、主張しすぎず日常風景になじむ造形にファンが多い。
今回作ったのは形も色も異なる全5種類。釉薬は、深く艶のある焦げ茶の「飴釉(あめゆう)」、優しい白の「糠白釉(ぬかじろゆう)」、見る角度によって上品な緑にもグレーっぽくも見える「糠青瓷釉(ぬかせいじゆう)」など、すべて薪の窯で焼成されており、色にも質感にも味わいがある。
「どの色も植物と相性がよくて、生けた時の景色が気持ちいい。今回は白い花を選びましたが、鮮やかな色の花でも緑の葉っぱだけでも似合うはずです。いちばんのポイントは“注ぎ口”。ここに茎をひっかけるだけで花一輪でもカッコよく決まるし、柔らかくしなだれるタイプのグリーンもバランスよくまとまります」
スウェーデン在住のガラス作家、山野アンダーソン陽子のシリンダー型花器
「ふだん水を飲むグラスやマグカップだって花器になる。そんな飾り方に慣れると、花を買ったり飾ったりすることが一段と身近になりますよ」
そんな作原さんが声をかけたのは、スウェーデンのストックホルムを拠点に活動しているガラス作家、山野アンダーソン陽子さん。「手にとった人が自由に想像して使えるものを」という考えで制作を続ける山野さんは、スウェーデンを代表する陶磁器作家/ガラスデザイナー、インゲヤード・ローマンさんの唯一の弟子でもある。当代きっての実力派だ。
山野さんの器は、マウスブローによって作られる。マウスブローとは、高温で溶かしたガラスを吹き竿の先で巻き取り、息を吹き込んで成形する技法。空中でガラスを膨らませながら形作るので、ガラスにうっすらと吹き跡が残るのも魅力のひとつ。
「吹きガラスならではの、かすかなゆらぎが素敵なんです。一枚の葉っぱを植物標本のようなイメージで挿すだけでもかわいいし、水を少しだけ入れてムスカリなどの球根を飾るのも好き。小さいからいくつか並べてもいいですよね」(作原さん)
ウッドターニングのうつわで人気の木工作家、盛永省治のオリジナル
「木の器やデザインのいい空き缶など、本来は花器じゃないものも、中にヨーグルトの空き瓶などを入れれば花を生けられますよね。そういう飾り方が昔から好きで……と木工作家の盛永省治さんに相談したら、こんなに素敵な花器を作ってくれました」と作原さん。
盛永省治さんは、鹿児島在住の木工作家。木工旋盤と呼ばれる機械で木の塊を回転させ、そこに刃物を当てて形を作る「ウッドターニング」の技法で作品を作っている。大工、家具職人の経験を積んだ後に木工作家として独立。カリフォルニアを代表する彫刻家、アルマ・アレンのもとでウッドターニングを学んだこともある。
盛永さんいわく、「250mlくらいのペットボトルやヤクルトの空き容器が入る一輪挿しはどうかなって思いつきました。ヤクルトは、コンビニで見つけるたびに買い占める〈Y1000〉の容器が、すっとした縦長できれいなんです」。こうしてできたのが、オブジェのようなフラワーベース。
「盛永さんのベースはフォルムがきれいなことに加え、安定感があって気持ちが落ち着くんです。一輪だけでもアートっぽく決まるから、これからの季節なら、お花屋さんで買いやすいラナンキュラスやチューリップ一輪から。エアプランツをのせてもカッコいいと思います」
「どの花器も姿そのものが美しいから、ただ飾っておくだけでも楽しめる。そのくらい気軽な気持ちで使ってほしいし、“花を生けるのは難しそう”という最初のハードルを越える手助けになればうれしいです」(作原さん)