大根仁
小学2年生の頃、週刊少年チャンピオンで『魔太郎がくる!!』を読んで、これは藤子不二雄の2ジャンルのうちのダークサイドの方だなと認識したのが、初めてのA先生体験。その後、自身を描いた『まんが道』で漫画家としてのルーツにルサンチマン的なものがあるとわかり、それが創作の源で『魔太郎』や『ブラック商会 変奇郎』のようなホラーにつながったのかと納得しました。
渋谷直角
『まんが道』の日上や武藤もそうですが、A先生の漫画には、本当に不愉快なくらい嫌なヤツが多く登場してゾクゾクしますよね。
大根
『魔太郎』が恨みを晴らす悪役も、こいつはやられても仕方ないと思えるほど容赦なく嫌な感じに描写されている。映画好きな先生なので、70年代、子供が喜ぶお化け屋敷的ホラー映画ブームの流れの中で描いた部分もあるのかなと思います。
渋谷
ラフを切らず直接下描きから始めるから、わりとアドリブ的で漫画の文法を外れた表現もよく見ますね。例えば『まんが道』でも、電車に乗るだけのシーンに2〜3ページが割かれたりする。場面転換が1コマで済むところを、何コマもかけて移動したのを描くのも、映画の影響かもしれません。そしてそれが“生活漫画”としての作品のリアリティを効果的に高めている。憧れるけど、僕には怖くてできないですね(笑)。
大根
当時『まんが道』のような自伝的漫画もあまりなかったし、あらゆる場面で自分の足で稼いできたことが作品に生かされていますよね。だからインプットもめちゃくちゃ多かったんじゃないかな。ゴルフもそうだし、よく題材にするギャンブルにも相当ハマっていたのかも(笑)。
渋谷
興味があることを体験して描くという、生きざま系の漫画家ですよね。人生で出会った信じられないくらい嫌なヤツだってブラックユーモアとして昇華したところに、人間の欲望や愚かさみたいなものを面白がっているようにも感じるんです。住職の息子さんというのもあって、どこか他者を達観するような目線も持ち合わせていたのかもしれません。
大根
業を受け入れていたんでしょうね。とあるパーティの二次会で喧嘩を止めようとして壁に放り出されたA先生に「やめて〜!安孫(あび)ちゃん(A先生)が死んじゃう〜!」とホステスが駆け寄ったってエピソードを聞いたことがあるんですが、すごく人間くさくていい話だし、ちゃんとホステスを連れてきてたってところも含めて最高なんですよね(笑)。
一番怖いのは人間だという本質を突きつけられる
渋谷
僕の個人的ベストは、A先生の好きな要素が全部入っている『黒ベエ』の「車(カー)こそわが命」。家庭でも会社でも居場所のない会社員が、ボロボロの車だけを自分を受け入れてくれる友人にする。その他は理解してくれない嫌な敵ばかりという現実を、幸せに生きている感じが怖い。
そして最終的にその幸せも長くは続かない。車でサンドイッチを食べるシーンはたまらなくおいしそうで、シンプルに幸せを描けるスキルが羨ましいし、こういう漫画が描きたくてずっとやってきました。
大根
僕のベストは「夢魔子」かな。A先生が描く女性像って特徴的で、ミステリアスで一癖も二癖もある。物語自体もジャンル化するのが難しいし、オチを含めて何この話⁉と思うんだけど、絵のタッチで煙に巻かれるというか、妙に残るなぁと。
渋谷
ファンタジックホラーみたいな感じですよね。僕も子供の頃、「夢魔子」に女性像を植え付けられました。この良さって言語化し難いけど、独特のムードなんですかね。
大根
平穏な暮らしの中に、突如現れる異空間や異物、異常な人物。そういうのが一番怖いし、それがA先生の作品なのかなと思いますね。
渋谷
「ハレムのやさしい王様」も今読むと最高に怖くて。タイで少女を買う日本人への怒りから、彼女らを救おうとハレムを形成する人物が描かれますが、自分の正義感で迷いなく生きている人の話の通じなさ、こんなヤツいっぱいいるよなという恐怖、そしてそいつが少しセンチメンタルな感じを出すのも怖い。
「赤紙きたる」では、土砂降りの中で張り込みをする明らかに怪しいヤツに、主人公が傘を貸す優しいシーンがある分、後日連れ去られる時の残忍さが浮き彫りになる。人間のえげつないほど冷たいところがストレートに、リアルに描かれるのも怖いし、社会って嫌なヤツも変態もいっぱいいて、人間が一番怖いと学んだのはA先生の漫画からですね。人怖の本質を掴(つか)んでいるから、何年経っても、こういう人っているよねっていう共感と怖さが失われないんだと思います。