世界中の才能たちの言葉を通して、坂本龍一に出会い直す
僕は坂本龍一に会ったことがない。
YMOや代表曲はもちろん知っていたけれど、音楽活動以外の取り組みや客演で参加した無数の楽曲、数々のインスタレーション作品など、活動の幅があまりにも広いため、坂本さんのすべてを知るのは不可能とも言えるように感じます。そして、2023年3月に亡くなられてからも、新作が発表され、新しい取り組みが始まり、今もなお発表を控えるプロジェクトを抱え、その活動はさらに拡張しています。この冬には日本最大規模の展覧会(ここでも新作が発表されるそう)が開かれるとあって、坂本龍一をもっと深く知るため、一冊の特集を作ることになりました。
多くのアーティストに敬愛され、コラボレーションをしてきた坂本さん。彼について理解を深めるべく、仕事やプライベートで交流のあった世界中のアーティストたちに話を聞こうと考えました。
映画監督のルカ・グァダニーノやバリー・ジェンキンス、Netflix『イカゲーム』の監督を務めたファン・ドンヒョク、世界的なミュージシャンのマドンナ、フライング・ロータス、サンダーキャット、彫刻家の名和晃平、メディアアーティストの真鍋大度……。さらには盟友カールステン・ニコライに、共に多くのインスタレーションを発表してきた高谷史郎まで、国もジャンルもさまざまな60人以上の方々に「自分だけが知っている坂本龍一」を教えてもらいました。彼らの証言やエピソードを紐解くことで、自分の中でぼんやりとしていた坂本龍一の姿が形を成してきたように感じました。
また、坂本さんを慕うミュージシャンの岡村靖幸さんと共に、開業準備中の「アーティスト・イン・レジデンススタジオ(仮称)」を訪ねました。そこは、坂本さんが愛用していた音楽機材が並び、亡くなる直前のセッティングに調整され、坂本さんのスタジオを再現した空間。
チャペルを改装した神秘的な施設に足踏み入れると、さっきまで坂本さんがそこに居たかのような不思議な空気が漂っていました。坂本さんのシンセサイザーに触れた岡村さんが『戦場のメリークリスマス』の旋律を奏で、NYから来てくれたアシスタントエンジニアのアレック・フェルマンさんと機材や設定、坂本さんの音作りについて対話している様子を収めることができ、とても充実した取材になったと感じています。その様子は動画にも収録しているので、BRUTUSのYouTubeチャンネルからぜひご覧ください。
僕は坂本龍一に会ったことがない。けれど、この一冊を通して、坂本さんに触れ合えたような気がします。その全てを知ることはできないけれど、これまでの作品を改めて見聴きし、これからの取り組みにも目を配り、もっともっと理解を深めていきたいと考えています。皆さんもこの一冊を通して、日本が世界に誇る坂本龍一という偉大な先人に出会い直していただければ幸いです。