希望とか、勇気とか
「私たちが今必要としているのは、おそらく新しい方向からやってきた言葉であり、それらの言葉で語られるまったく新しい物語(物語を浄化するための別の物語)なのだ」
村上春樹が地下鉄サリン事件の被害者たちにインタビューを行ったノンフィクション作品『アンダーグラウンド』(1997年)の一節だ。執筆の動機として、カルト宗教が差し出す「荒唐無稽なジャンクの物語」に対抗する、新しい言葉や物語の必要性を論じている。
今回の特集も、この命題への一つの回答と言えるかもしれない。巻頭の鼎談企画で俳人の佐藤文香さんが語った「他者に影響を与えようとして書く言葉、伝わりやすい言葉の危なさ」について考えるうちに、そう思うようになった。
本誌に登場する短歌、詩、俳句、川柳、歌詞は、いずれも一読しただけでは意味を掴みにくい不思議な一行の言葉たち。
練りに練られた短い言葉と対峙し、自身の記憶や想像力にじっくりと照らし合わし、頭の中に像を結ぶ。そんな小さな行為を積み重ねることで、やがて私たちは大きな悲劇や暴力に立ち向かう力を得るのだ。
希望とか勇気とか簡単に言えたものではないけれど、言葉にはたしかにそんな力があると、確信している。