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ブライアン・イーノが歌に託した“感情”。17年ぶりの新作『FOREVERANDEVERNOMORE』について話を聞いた

新作『FOREVERANDEVERNOMORE』は『Another Day On Earth』が日本に到着。ロンドン郊外のプライベートスタジオ兼自宅で生活するイーノに話を聞いてみた。

text: Katsumi Watanabe

17年ぶりに自らボーカルを取った理由とは

大盛況のうちに閉幕したインスタレーション展『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』。残念ながら、ブライアン・イーノ本人の来日はかなわなかったものの、その代わりに新作『FOREVERANDEVERNOMORE』が到着。展示で使用されていた音源を発展させたような作品になるかと思いきや、なんと『Another Day On Earth』以来、17年ぶりに自らボーカルを取ったアルバムになっている。では、なぜこのタイミングで自ら歌いだしたのか。現在、ロンドン郊外のプライベートスタジオ兼自宅で生活するイーノ御大に話を聞いてみた。

「みんなと同じように、迫ってくる不安定な未来について考えていて。残念ながら、世界のほとんどの政府は違うようだけど……。新作は、そんな考え、現在の私の“感情”から生まれたといえるかな。世界が目まぐるしく変わり、その大部分が永遠に消え去ろうとしていることを、みんなが理解し、共有している……だから、このタイトルにしたんだ」

アルバムに先立って発表された「We Let It In」は、実の娘のダーラも歌で参加している。優しいメロディに、ゆったりとした電子音の響き。アンビエントに人の温もりを加えて表現しているようだ。

「年をとったせいで声が変わり、低くなった。別の個性を出して歌えるようになったんだ。今さらティーンエイジャーのような歌い方はしたくないしね(笑)。メランコリックで、どこか後悔の念を感じられるようなサウンドにぴったりで、好ましいんじゃないかと判断した」

歌詞の面で大変な世界に生きるリスナーへのメッセージは「特にない」という。

「個人的な“感情”を言葉にしているけど、強く言っておきたいのは、このアルバムは、何を信じ、どう行動すべきか、そんなことを伝えるためのプロパガンダではない。そもそも、私はあらかじめ用意されたメッセージから、芸術を生み出すことを、不誠実だと感じている。個人的な考えに、説得力を持たせるよう、感情的なパッケージングをして演出し、他人に売りつける。そうではなく、私は新しい感覚を提供し、受け手にとって、“自分の人生にどういう意味を持つのか”、人々が自分で判断できるようなものを作りたい。私自身も、作品を作りながら、自分の感情を探求していた」

戦争や環境問題、そして政治など。さまざまな事柄から思考し、楽曲にしてきたイーノ。新作の制作中には考えるばかりでなく、強烈な経験もあったという。

「2021年、ギリシャのアクロポリスで、山火事の灰が降り注ぐ中で演奏した。気温は45℃まで上がり、本当に恐ろしい状態だったね。ライブ本番の頃には36℃くらいまで下がり、なんとか耐えられるくらいになったけど、ステージへ灰が降ってきた。“ここが西洋文明の出発点であり、その終わりの始まりを見ているのかもしれない”と思った(笑)。文明はある種の安定性、未来がおおむね予測可能であるという考え方の上に成り立ってきた。それが脅かされるのは、状況が激変し、長い間結ばれてきた信頼と合意が維持できなくなった時でしょう。人類はこれからもずっとここにいる。しかし、私たちが依存している文明はそうではないかもしれない。そんなことを思いながら『Garden Of Stars』を演奏したんだ」

音楽とデザインを感じること。『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』でも経験できたが、それではイーノにとってアートとは、どのようなものだろうか。

「アートによって“感情”を知り、気づき、そこから学ぶ。“感情”を“行動”に変えることもできる。子供は遊びを通して学び、大人はアートを通して遊ぶ。アートは“感情”を持つ空間を与えてくれるけど、本を閉じ、ギャラリーから出るように、オフスイッチもついている。楽しいことも辛いことも経験できるけど、安全な場所だと思っている。私自身、アーティストが実は“感情の商人”であるという考えを受け入れるまで、結構な時間がかかった。

“感情”は、主観的なもので、数値化し、比較することが難しい。科学的に語ることはできないと思うけど、“感情”は思考の始まりで、人間になくてはならないと考えている。“感情”は、脳が意識している以上の広いレンズで、身体全体に影響を及ぼすからね。展示や新作を通してみんなと共有できればと思って、日々作品を作っているよ」

ブライアン・イーノ