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「坂本さんは俺の“コズミック・ブラザー”だった」。フライング・ロータスだけが知っている坂本龍一

アーティストに愛されるアーティストだった坂本龍一。現代美術の巨匠から中国の若手バンドまで、分野も年代も様々な彼らは、坂本とどんな会話を交わし、何を受け取ってきたのか。世界中の才能たちに、「わたしだけが知っている坂本龍一」を聞きました。音楽プロデューサー、フライング・ロータスが知る坂本龍一とは?

本記事は、BRUTUS「わたしが知らない坂本龍一。(2024年12月16日発売)掲載の内容を拡大して特別公開中。詳しくはこちら

photo: Jack Bool / interview & text: Jin Otabe / edit: Sogo Hiraiwa

音楽レーベル〈Brainfeeder〉を主宰し、サンダーキャットやカマシ・ワシントンを輩出、ケンドリック・ラマーやチャイルディッシュ・ガンビーノらとともに先鋭的なサウンドをメインストリームへ押し上げたプロデューサー、フライング・ロータス(以下、フライロー)。

彼は2度、坂本さんとスタジオをともにしたことがある。1度目はピアノを勉強すべく訪れた坂本さんのニューヨークのスタジオで。2度目はLAにある彼自身の自宅兼スタジオで。そこではどんなやりとりがあったのか。フライローが間近で目の当たりにした、“ミュージシャン坂本龍一”の凄みを語る。

フライング・ロータス

「彼はすべてのものに注意を向けていた」

——坂本龍一の音楽に出会ったきっかけを教えてください。

フライング・ロータス

いろんなレコードを掘りながら、サンプリングしていたときに偶然出合ったんだ。正確な時期は覚えていないけど、『Until the Quiet Comes』(2012)のリリース前だったかな。最初の一音目を聞いた瞬間に衝撃が走って、「これは一体なんなんだ?」と驚いた。そこから深く掘り下げて彼の過去のディスコグラフィーを聴いていくうちに、ファンになってね。「Rain」(『1996』収録)をカバーしたこともあるよ。

——実際に本人に会ったのはいつ頃だったんでしょうか?2019年にロサンゼルスで一緒にレコーディングされたんですよね?同年にリリースされたアルバム『Flamagra』は坂本さんの『async』(2017)に強い影響を受けた作品とのことですが。

フライロー

ロサンゼルスの前に一度、ニューヨークで会ってるんだ。ピアノを真剣に勉強していた時期で「坂本さんに、どうしても話を聞かなければならない」と思って、会いに行ったんだ。彼は素晴らしいピアニストでありつつも作曲家やプロデューサーとして、多様なアプローチで音楽に携わっている。その立ち位置が自分と似ている、と思ってね。実際にお会いして人となりを知ることでさらに魅了されたよ。

フライング・ロータスの写真

——坂本さんからピアノ演奏に関するアドバイスや指導などは受けたのでしょうか?

フライロー

少しスタジオで話をさせてもらって、あとは彼の作品の楽譜を何冊かもらったんだ。家に帰ってじっくりと読み解いていったよ。坂本さんの楽曲に潜む芸術的な意図を弾きながら理解しようとしたんだ。そのプロセスが演奏力の向上にすごく役に立ったよ。彼は演奏家としても本当に素晴らしい。『async』のライブ映像も大好きな作品のひとつだね。

——坂本さんとの思い出で、特に心に残っている瞬間はなんですか?

フライロー

いろいろなところでこの話はしているけど、ロサンゼルスで1週間ほど一緒に音楽を作ったときのことだね。俺のスタジオには、いつも付けっぱなしにしているシーリングファンがあるんだけど、そのモーターが妙なノイズを出すんだ(笑)。だから、レコーディングのときはスイッチを切ってるんだけど、坂本さんとピアノパートを録音しようとしたら、それまですごくうまく作業が進んでいたのに、急に坂本さんが「なんか……変だね」と言って、演奏をやめて辺りを見回し始めたんだ。

その瞬間、俺はピンときた。坂本さんはモーターの音込みで音楽をつくっていたんだ、って。モーターのどこか催眠的な“うなり”が、美しいエレメントを音楽の空気感に加えていたということに、彼は敏感に気づいていたんだ。最終的に、そのノイズもトラックに取り入れることにしたよ。

普通の音楽家は音楽をつくるときに楽器ばかりに目を向けるけど、彼はすべてのものに注意を向けていた。何か音を出せるもの・音を出しているものを見つけたら、試さずにはいられない——スタジオでの坂本さんの様子は、まさに彼の音楽そのものだったね。

フライング・ロータスの自宅兼スタジオでレコーディングをする坂本龍一
フライング・ロータスの自宅兼スタジオでレコーディングをする坂本龍一。Courtesy of Kab Inc./KAB America Inc.

『千のナイフ』と『async』を両立させる凄まじさ

——坂本さんのアルバム『12』がリリースされた際に、NPRのインタビューで「(坂本の)歴史や過去の遺産を語りたければ『千のナイフ』を聴くべきだ」とコメントされていましたね。

フライロー

『千のナイフ』は時代を超越したアルバムだと思う。最近つくられたと言われても信じてしまいそうなぐらい、刺激的で新鮮な電子音が詰め込まれている。複雑でありながらポップで、聴くたびに「どうやってこれを演奏したんだろう?どうやったらこんなふうに演奏できるんだろう?」と、常に考えさせられる作品だね。

坂本さんの音楽家としての凄まじさは『千のナイフ』のようなアルバムを過去にリリースしながらも、『async』のような作品にも到達できたってことじゃないかな。この2枚のアルバムを聴けば、彼がいかに驚くべき多才な音楽家だったのかがよくわかるよ。

——これから生まれてくる音楽家たちにも、坂本さんの音楽は届くと思いますか?

フライロー

もちろん。さっきも言ったように、坂本さんの作品は時代を超えて鳴り響く音楽だからね。俺がそうだったように、必要とする人には人生の完璧なタイミングで、坂本さんの音楽に出合うようになっていると思う。多くの若い音楽家にも坂本さんの作品を聴いてもらいたいね。「戦場のメリークリスマス」から聴き始めるのもいいんじゃないかな。絶対どこかで聴いたことあると思うし、『CODA』は最高のアルバムだから。

最初は「おー、クールじゃん!」ぐらいにしか思わないかもしれないけど、聴き込めば聴き込むほど夢中になること請け合いだよ。そこから彼のディスコグラフィーを掘っていて、どんどん坂本さんの音楽の底なし沼にハマってしまえばいい。彼の作品の幅広さと奥深さを理解するためには、坂本さんがいかに多様なサウンドや空気感をつくりだしていたのかをさまざまな作品を聴いて身をもって体験する必要があるよ。

——坂本さんが、あなたにとって「特別」な音楽家だった理由はなんですか?

フライロー

坂本さんは、常に前を向いていた。次にやりたいこと・やるべきことを模索しながら、新しい楽器や技術を探し続けていたんだ。そして、絶対に同じことを繰り返さなかった。唯一無二の美しいメロディのセンスは晩年まで衰えることはなく、年を重ねるにつれ、派手さや速い演奏にこだわらなくなり、代わりに深みのある感情に満ちた演奏をするようになったように思う。そんな坂本さんの音楽家としての姿勢を心から尊敬しているし、自分もそうなれたらと心から願っているよ。

機材の写真

巨人でありながらも、常に謙虚だった

——今までのお話を伺っていると、坂本さんの創造性だけでなく、人となりそのものにも深く共鳴されていたようですね。

フライロー

本当にその通りだよ。彼は、俺の「コズミック・ブラザー(宇宙の兄弟)」だった。未来を見つめながら「人生とはいったいなんなのか」という問いに対する答えを、音楽をつくることを通して見つけようとしていた——同志だったと思う。俺が最も感銘を受けたのは、坂本さんが多くの作品をつくり、広大な世界を見て、音楽を通して世界中の人々に影響を与えた“巨人”でありながらも、常に謙虚だったこと。彼の立ち振る舞いは気品に満ちていたんだ。

あとは……坂本さんは俺の犬のことが大好きでね(笑)。スタジオにいるときも、ずっと犬と遊んでいて。彼と俺の犬が一緒に写っている写真があるんだけど、坂本さんがそのとき見せた笑顔はこれまで見たことないほど素晴らしいものだった。本当に美しい写真なんだ。

——坂本さんと共に過ごした記憶に、これからもインスピレーションを受け続けると思いますか?

フライロー

もちろん。坂本さんがわざわざロサンゼルスまで会いにきてくれたのは本当に夢のようで刺激的な体験だった。忘れることは決してないよ。あの坂本龍一が、俺と音楽をつくってくれるなんて……贈り物のような、ふたりだけの特別な時間だった。

まだ、リリースはされていないんだけど、坂本さんが参加した曲が収録された作品を今制作しているんだ。ほぼ完成というところまできていたんだけど、坂本さんが亡くなってしまったことで、作業が中断してさ……。でも、今はまたやる気が出てきているから、早く完成させたいと思ってるよ。

フライング・ロータス