花には花の“たくらみ”があるのです。
子供が外で摘んだ花を、大事に握り締めて持って帰ってきた時のような、ちょっとくたっとしている姿が、結構好きですね」と笑う伊藤亜紗さん。人の身体のあり方やコミュニケーションに関する研究で注目される美学者の目に、花はどう映っているのだろう。
「ずっと生物学者になりたかったくらい、小さい時から花は好きでした。といっても、つい気になってしまうのは花の形や葉のつき方。植物の身体として見ているのかもしれない」
そう言いながらガラスの器に生けたのは、ピンクのオダマキに茶紫のエビネ、黄色いパンジーと白いバルビネラ。なるほど、くたっとした茎や、うつむいている花もあるけれど、それが妙にいとおしい。
「完成された形を作ることには、あまり関心がないんです。バッと花器に入れて、その後の変化を見るのが楽しい。日に日に自己主張が強くなる花があったり、同じ方向を向いていたのが方々に解散したり……」
ふいにパンジーの後ろ姿を差して、“うなじのカーブがきれい”と一言。そんなふうに見えているなんて!
「たぶん私は、植物の身体の“たくらみ”を見るのが好きなんです。こう伸びたいという意思もあれば、環境に抗って曲がることもある。反対に、熱を帯びた子供の手で茎を握られて、ぺこっと垂れてしまうような“たくらまず”も。その姿が面白いから、どんなにたくさん束ねたとしても、個体の特性やそれぞれの差異が残っているのが好ましい。私にとって、よい花のあり方です」