小倉ヒラクの“発酵人”を訪ねてvol.2 斎藤まゆ
小倉ヒラク
〈キスヴィン〉との出合いは、今の自宅兼ラボの物件を探していたときに、ショップ(現在は休業中)に立ち寄ったのがきっかけです。確か2014年頃ですね。開業間もない時期に飲ませてもらって、素晴らしいワインだと感動しました。自宅から一番近いワイナリーだし、それ以来ずっと愛飲しています。
斎藤まゆ
リリースしたての頃ですよね。私の記憶では『塩ノ山ワインフェス』(塩山のワイナリーと山梨県内の飲食店が集う音楽と食のイベント)のときに、むちゃくちゃノリノリの人がいるなと思ったらヒラクくんで。私の友達も「あの素敵なスナフキンみたいな人は誰?」って(笑)。
小倉
まゆさんとは頻繁にお会いしているわけじゃないけど、普段から〈キスヴィン〉のワインを飲んでいるし、僕のお店〈発酵デパートメント〉でも扱っているから、しょっちゅう会っている気になるんです。
斎藤
それは嬉しいですね(笑)。
小倉
僕は〈キスヴィン〉のワイン中でもやっぱりシャルドネが好きですね。シャルドネってナッティでトロピカルなニュアンスが特徴で、特にニューワールドの“うま安”系ワインにこのタイプが多いのですが、まゆさんが造るのはミネラル感があってエレガントで、フランスの冷涼な地域のものに近い。なんというか、しっとりと品のある味わいなんです。年によって違うとは思いますが、どんな設計で造っているんですか?
斎藤
醸造の技術的に言えば、私はニューワールド(アメリカ)でも伝統的な場所(フランス)でも勉強してきたので、どっち側でも造れるんですよ。自分がどういうものを好きなのかを突き詰めていって、なおかつ世の中に望まれているものはなんだろう、とか、いろんな信号を受け取っているとその年の味の方向性が表れてくる……という感じかな。それがたぶん醸造家の仕事なんだと思います。
小倉
まゆさんたちが表現しようとしているシャルドネは、ほかのワイナリーが造るものと際立って違っていて、味のアイコンが出ているワインだと僕は思います。
斎藤
それは光栄です。〈キスヴィン〉の畑はこの塩山エリアに30ヵ所ほど点在しているのですが、このシャルドネの畑は標高350mくらいで低めなので、わりと完熟まで持っていけるんです。しっかりと熟させたブドウと、もう少し標高の高い畑でちょっと若い状態で摘んだ酸の骨格があるブドウと、両方からワインを造っていって、繊細さや複雑さを考えながらブレンドしていくという感じですね。
小倉
日本酒は「醸造家の設計が8割、原料が2割」といわれていて、醸造過程が複雑なぶん、やり直せるタイミングも結構あるので、造り手の狙った味に持っていきやすい。片やワインは、醸造家の友人いわく7~8割がブドウで決まる、と。まゆさんの感覚ではどうですか?
斎藤
何よりいいブドウを使うことが大前提なので、ブドウの品質を上げることからワインのクオリティをコントロールしている、といいますか。ほとんどの畑を自分たちで手がけているので、栽培に関しては100%関わっているんです。社長も私も含め、7名で約4ヘクタールの畑を見ています。
小倉
原料となるブドウをすべて自分たちで育てているのは、日本のワイナリーでは珍しいですよね。
斎藤
えぇ。代表の荻原康弘がブドウ栽培の専門家ですし、ブドウの段階から自分たちで見届けたいと思っています。畑の中の細部にまで目を光らせることができるし、「適熟」のブドウを熟した順に摘んであげるとか、設計図に合わせて的確に収穫できるのが一番の利点です。
小倉
日本にもブドウから育てている醸造家はいますが、〈キスヴィン〉の場合はそのシームレス度が常軌を逸している(笑)。ほかの醸造家たちも言っていますが、どうブドウを育てるかをここまで追求できるのはすごいですよね。
斎藤
自ら育てるということは仕事に嘘がつけないし、やったことが全部自分に返ってくるでしょ。いい加減なブドウを入れてしまったら、たぶんいい加減なワインになってしまうだろうし、傷んだ粒に気づいたときにそれをきちんと落としたかどうかなど、自らの仕事がそのままワインの品質になって表れる。そこが一番面白いし、自分たちで畑をやる何よりの理由だと思いますね。
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