小倉ヒラクの“発酵人”を訪ねてvol.1 朝吹真理子
〈発酵文学研究会〉。字面を見るだけで醸しのいい香りが漂ってきそうだが、実はお題となる書物を選び、発酵を軸に読み解く活動らしい。メンバーは作家の朝吹真理子さん、コンテクストデザイナーの渡邉康太郎さん、情報学研究者のドミニク・チェンさん、〈森岡書店〉オーナーの森岡督行さん、そして小倉さんの5名。
これほどのメンバーが集いながら、特にイベントなどでアウトプットすることなくひたすら語り合うという、なんとも贅沢な“秘密倶楽部”だ。発起人の朝吹さんは、もともと「言葉は発酵するもの」と感じていたそうだが……?
小倉ヒラク
〈発酵文学研究会〉は今から1年半ほど前にスタートしたのですが、まずは創設者の朝吹さんに解説していただきましょう。
朝吹真理子
はい。2019年の夏に〈渋谷ヒカリエ〉でヒラクさんがキュレーションを担当した発酵の展示を観に行った時に、「東北には単体では食べられない白菜の漬物がある」という話を教えてもらって。
小倉
気仙沼の「あざら」ですね。発酵が進みすぎて酸っぱくなっちゃった白菜の古漬けと深海魚のアラ、古くなった酒粕を合わせて煮込んだ漁師料理。かけ合わせるとおいしくなってしまう、発酵にはそういうものがいっぱいあるんです。
朝吹
あと、「ごど」(納豆に麹を混ぜ、乳酸発酵させた青森県十和田地方の郷土食)もそうですね。そんな、古いものや失敗してしまったものが、組みあわさって新しい発酵物になる話に感動したんです。私の小説の中には古語が出てきたりしますが、それまで古語は図鑑で見る化石のような、死んでいる言葉だと感じていたけど、実はクマムシみたいに眠っているだけなのかも、と。
古い言葉も「あざら」や「ごど」のように新しい発酵物になるのを、再び目覚めるのを待っているだけなんじゃないかと思ったんです。だからヒラクさんたちと発酵を軸にして作品を読めば、新たに聞こえてくる声に気づく気がして、始めました。
小倉
活動内容は、2ヵ月に一度のペースで5人のメンバーが順番に1冊づつお題となる本を選び、それをみんなで読み込んで発表し合う。皆さん多忙なはずなのに、ウルトラ読み込んでくる(笑)。プレゼン資料まで作ってきて、めちゃくちゃ熱いんです。
朝吹
それと、ドミニクさんから「発酵は年月が重要だから、最低でも10年は続けよう。イベントとか始めるとどうしても娑婆っ気(しゃばっけ)が出てくるから、そういうのはやらずにみんなで純粋に本を読もう」と言われて、のんびりぬか床を育てる気持ちです。
小倉
ちなみに、記念すべき1冊目として選んだのが『茶の本』(岡倉天心著)。お茶も発酵が深く関わっていますが、そういうテクニカルな話から、アジア的な時間の重ね方とか、お茶を通した時間の愛で方とか、そんなことをみんなで話したよね。
朝吹
楽しかったね。併せて『茶経』(陸羽によって中国唐代に著された茶の専門書)も読んで。ヒラクさんは中国のあちこちを訪ねてすごく珍しいお茶を持っているので、それをみんなで飲みながら。なんだか茶人ぽいよね、ヒラクさんて。
小倉
僕は文学の専門家ではないので、まず皆さんにお茶を出すのが役目(笑)。中国の古代から中世のお茶文化が大好きなんです。
朝吹
普段は一応カレンダーをみて、昨日・今日・明日が一方向へ進んでいくと思って生活してはいるのですが、頭の中や体感は、時間が行きつ戻りつつ、伸びたり縮んだりする感覚の中で生きてる気がしています。課題作品として選んだ『笛吹川』(深沢七郎著)も、まさにそういう時間。主人公かなと思った人が全くどうでもいいことで死んだり、人の生き死にの感覚があっけなくて、時間が伸びたり縮んだりしまくっていて面白いです。
小倉
出てくるキャラクターもある意味、独立した人格があるようでなくて、みんな微生物みたい。実は僕も発酵物を探して世界各地を巡っていたときに、時間の伸び縮みを感じたことがあって。100年前の時間が今の時間と重なったり、時間がグルグルと循環して元に戻っていく感覚があったんです。そうした時間の感覚って、朝吹さんの作品にも色濃く流れていると思います。
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