*本文中の時制は、2021年の取材当時に準じています。
「僕にとっての書ける未開の領土、それが猫でした」
今僕の家には7月で18歳になるメスのシロちゃんと、5月に5歳になるオスのリンちゃんがいます。2匹とも外猫だったけど、シロちゃんは高齢なのもあって昨春に家に入れました。リンちゃんは外と家を行ったり来たりという状態。
シロちゃんは野良度が高く、うっかりすると家庭内野良、つまり家の中のどこにいるかがわからなくなってしまう。でも最近はほとんど僕の部屋で寝ています。リンちゃんは昨日、庭からニャーニャー鳴くから開けてあげると、ご飯も食べずに玄関まで素通りしていきました。人間は猫のペースを変えられない。外の猫が来たら時を逃さずご飯を出すしかないんです。
猫を飼うようになったのは1987年、30歳の時。まだ結婚する前の妻が拾ってきた猫を見たら、もうメロメロになって人生が変わってしまった。猫を書くことを意識し始めたのは1994年の『猫に時間の流れる』という小説から。外暮らしの野性味たっぷりの猫がいて、それを見ていたら人間があまりに猫を知らなすぎると思って猫のことを本当に書いてみたくなった。小説家はいつも“書ける領土”を探しているもの。
僕の場合その未開の題材が猫でした。人間の心理や感情を書く気は全くない。でも身近にあることを全部書くから観察し記録する対象としてちょうどよかった。僕は誰よりもずば抜けて猫を見ているから。
今年1月に出た『猫がこなくなった』に入っている「胸さわぎ」という短編には猫は出てきません。2018年4月頃に手慰みで書いた作品で、その頃は看病していた猫が死に、その一族がシロちゃんだけになって、この先は猫が少ない生活になると思っていました。
猫の寿命は人間の約4分の1。そのサイクルで生きている猫と付き合うことで、考えることがたくさん出てくる。それは説明を超えた、記憶に残るようなもの。つまり小説が目指しているのはそういうことだと思うんです。