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ユージーン・スタジオ/寒川裕人の展覧会で、かつてないアート体験を

ユージーン・スタジオ/寒川裕人の展覧会「ユージーン・スタジオ/寒川裕人 想像の力 Part1/3」が天王洲のMAKI Galleryで8月5日まで開催中だ。ちなみに今回は、“第1章”。展覧会は今後数年をかけて全3章にわたって開かれるという、実験的かつ壮大な内容である。寒川に案内してもらいながら作品をめぐった。

text: Shiho Nakamura

科学的な実験を重ねる作品

ユージーン・スタジオは、1989年アメリカ生まれの寒川裕人のアーティストスタジオだ。寒川は、美術大学の卒業制作で発表したインスタレーション作品が高い評価を受け、アーティストとしてはかなり早い20代前半から国際的な活躍を続けてきた。

人工知能の研究に携わる経験を持つなど、多角的な洞察に基づき生み出される作品は唯一無二。また、2021〜22年に東京都現代美術館で開かれた大規模な個展では、美しい世界観が話題を呼び、入場に数時間待ちという事態が起きたほど。同館における最年少での個展であることも大きな注目を集めた。

まずは寒川の代表作から紹介していこう。彼が「天地創造のイメージがもとにある」という《Goldrain》は、頭上から金粉と銀粉の粒子が絶え間なく降り注ぐ作品だ。

「初めてパリで発表した際には1時間ほどに時間を限定していたのですが、美術館の展示の際は会場が開いている間は稼働し続けることができるようになりました」と話す。キラキラと輝く粒子は延々と時を紡ぎ、生と死の循環を思わせる。繊細さと同時に、その力強さに引き込まれていく。

「粒子のシミュレーション技術を使って、コンピュータにしかできなかったことを現実で作ったらどうなるのかと、実験を重ねた作品でもあるんです」と寒川。科学的な裏付けによって強度を増すのが、寒川作品の一つの特徴でもある。

《Goldrain》2019年
Photo: Keizo Kioku, Courtesy of the artist ©2019 EUGENE STUDIO / Eugene Kangawa
《Goldrain》2019年
Photo: Keizo Kioku, Courtesy of the artist ©2019 EUGENE STUDIO / Eugene Kangawa

また、《想像 #1 man》は、これまでに体験したことのない驚きに出会う作品だ。まず、この作品のある真っ暗闇の部屋に一人ずつ入室し、足裏に感じる床のカーペットの感触を頼りに、恐る恐る進んでいく。行き着く先には何か“像”らしきものがあって、その輪郭や質感を手で触れて感じ取るのだ。

「“想像”という漢字は、頭の中で“像を想う”という意味でもありますよね」と、寒川は言う。実は、制作も完全な暗闇の中で行われ、作家自身を含めて誰もいまだこの像を見たことはないのだそう。

この空間では、触覚だけでなく、匂いや音の感覚までが研ぎ澄まされていく。いかに私たちが普段の生活の中で「見る/見た」と認識しているものが曖昧であるかを突きつけられるようでもある。

想像=像を想う力

そう、寒川の制作において、「想像」は大きな鍵になっている。どの作品も制作工程は極めて複雑ながら、“見える形”としては最小限に留められているようだ。私たちの想像こそが、作品を超えてその先へと導く力なのだと思わされる。

「Rainbow Painting」という油彩画のシリーズ作品は、遠くから眺めると、白色を基調とした柔らかなグラデーションが織りなす“虹色”に見える。素敵だな……と感じるのも束の間、画面に寄ってみると、無数の点のような筆跡を重ねることで、幾層ものグラデーションが生み出されていることに気づく。

どの点も一つひとつ異なることにハッとし、人間社会の様相を帯びて見えてくる。寒川が「群像のポートレート」だと説明する理由がここにあるのだろう。それぞれの点の差異を大きいと感じるか、小さいと感じるかは、見る人に委ねられている。

2021年、東京都現代美術館での「Rainbow Painting」シリーズの展示風景。
Photo: Keizo Kioku ©2021 EUGENE STUDIO / Eugene Kangawa
2021年、東京都現代美術館での「Rainbow Painting」シリーズの展示風景。 Photo: Keizo Kioku ©2021 EUGENE STUDIO / Eugene Kangawa

そして「White Painting」シリーズは、真っ白なキャンバスに人々がキスをする過程を経る作品群だ。もちろん画面に痕跡はなく、鑑賞者は、作品タイトルに羅列された参加者の名前から思いを馳せる。

アメリカやメキシコ、イタリア、台湾など各都市の街頭で制作されてきたが、一方で、コミッションワークとして特定の家族のために制作される小さなサイズのものもある。見えないながらも、人々や家族の確かなつながりに永遠を感じる美しい作品である。

街角で人々がキャンバスにキスをする「White Painting」シリーズ
街角で人々がキャンバスにキスをする「White Painting」シリーズ

写真と絵の境界を揺るがす新作

「Light and shadow inside me」は、水性染料を一面に塗布した紙を多角柱に折り曲げ、太陽光に数週間さらすことで退色のグラデーションを生むシリーズ。「本来、退色はネガティブなものとして扱われますよね、しかし、何かの像の影を写し取るのではなく、支持体そのものが持つ光と影を直接浮き上がらせたいと考えたんです」

本展では、そこから派生し、銀塩写真の印画紙を使ったモノクロの新たな連作が公開されている。多角柱に折った印画紙を暗室で感光させることで、光が当たる角度や範囲によってグラデーションが生まれる。

その紙を再度開いた状態にして展示されているのだが、写真とも絵とも言い表せない不思議な存在感がある。「引き伸ばしていないので、作品サイズにかかわらず全て解像度は同じ。また、フィルムを使った写真とは違ってどれも一点ものの作品です」

構想から試作の過程を聞くと、そのスケールに呆然とさせられた。
「はじめは小さいサイズの印画紙を使って、そこから大きい作品へと実験を重ねました。数メートル幅もある工業用の印画紙はイギリスから輸入しました。少しでも感光させるとダメになってしまうので、3mを超える印画紙の作品サイズよりも大きな暗室が必要になるんです」

そこで、アトリエに巨大な暗室を作ることがスタートしたのだそう(ちなみに寒川のアトリエも、寒川自らが設計し、スタッフとともにDIYで作り上げた)。寒川のアトリエには、前述した暗闇の作品《想像 #1 man》が作られた部屋があるのだが、そこが暗室部屋へと改造された。

巨大な暗闇の中で、巨大な印画紙を折り曲げる作業を想像することもままならないが、光という要素が持つ無限の可能性に対する追究を止まない、寒川自身を体現した作品でもあるのだろう。

「ある海外のキュレーターから、19世紀初めに写真技術が誕生して以来、200年ほどの歴史の中でまだ誰もやっていないことだと思うと聞きました。そもそも印画紙を折り曲げるということ自体が、これまでにあまりなかった概念かもしれません。写真や絵は、像を写し取るものだと思われていますが、像がなくても支持体(印画紙)自体が存在する時点で、光と影は存在しているんです」

寒川は、発想を転換し、実験を重ね、発明するように作品を生み出し続ける。本展では、物事の本質とは何か、見えているものだけにとらわれていないか……と、静かに問われるようだ。しかし、押しつけられるものはなく、ただそこにある美しさにまず魅了されることを強調しておきたい。