4月上旬。まだまだ寒い日々が続く日本を飛び出し、遠路はるばる約20時間。イタリアはモデナを訪れた。朝だというのに気温は30℃を超え、すでに木陰で冷たいシャーベットを頰張る人々もちらほらと見られる。
開催会場自体は至って普通。どこにでもあるような市民体育館だ。普段であれば地元の若者が練習でもしているであろうこの屋内のバスケットボールコートが、この日だけは趣味に没頭する大人たちの熱気に包まれる。

昆虫を追い求めるピュアな少年少女の心と、欲望に満ち溢れたコレクター魂が混じり合う異空間。そんな今回の春の祭典には、100を超えるディーラーが出店した。
販売品は昆虫標本はもちろんのこと、生体や、はたまた貝やカニの標本など多種多様だ。EU加盟国であり、地続きであるという地の利から、チェコやフランスなど国外からの出店者も数多く見られる。
チェコのディーラー、スタニスラフ・プレプスル氏がずらっと並べた標本箱の中に、ひときわ光り輝く存在を発見した。通称ゴライアス・プレイシーと呼ばれる巨大なハナムグリの究極フォームである!
通常は背中に黒と白の紋が均等に交じり合うものの、この個体は黒い部分がほとんど消失し、雪原のような白色で覆われている極上の大型個体だ。白い部分が多い個体ほど価値が高く、特にヨーロッパの目の肥えたコレクターにとっては憧れの存在である。

私は標本商としてこれまで様々な標本を取り扱ってきたが、このサイズでこのレベルの個体は見たことがなく、予期せぬエンカウントに電流が走った。
ほかの誰かに気がつかれていないだろうか……実は売約済みだったりしないだろうか……絶対に手に入れたいという気持ちを胸に、冷や汗をかいた手を静かに握り締める。滝のように流れ出る脳内麻薬を感じつつ、胸の高鳴りを抑え切れないこの瞬間が最高に気持ちいいのだ。
無事に購入を終え、手中に収めたプレイシーは光り輝いていた。よかった、現実である。やはり思った通りかっこいい。シビれる。
自然の中での採集とは一味違う「卓上採集」には独自の醍醐味があることは間違いない。1世紀以上にわたり培われてきた、欧州の標本即売会。その格式高さと奥深さが織り成す魅力は、筆舌に尽くし難い。