不安があるから、飽きずにできる
『あまろっく』『お母さんが一緒』に次ぎ、今年3本目の主演映画『愛に乱暴』が公開、まさに引く手あまたの俳優・江口のりこさん。「原作を読んでみたり、監督の言葉からヒントを得たり。役のアプローチ方法はたくさんあるんです」。
その作品にとって何が有効かわからないので、手当たり次第やってみるのだという。「ここまで準備しておけば万全ということはなく、現場で監督に怒られるんじゃないかとか、常に不安です。でも、だから飽きずにこの仕事を続けていられるのかもしれません」
何を考えているのか、わからない妙味
江口のりこさんの主演映画『愛に乱暴』は、吉田修一さんの同名小説が原作。「小説があまりに面白かったので、この面白さを表現できるのだろうかと心配でした」
江口さんが演じたのは専業主婦の桃子役。良い妻、良い嫁、良い市民であろうと努めるのだが、平穏な暮らしに翳(かげ)りが生じ始める。
「桃子は一生懸命な人。夫に受け入れられていないことを薄々知りながらも、ちゃんとご飯を作り、身の回りを好きなもので満たし、暮らしを整えることを鎧(よろい)のようにして気づかないふりをしている。その状態が日常に組み込まれてしまっているのが怖いですよね」
しかし、自分の本当の望みに目を向けず、日々の暮らしに埋没してしまうというのはごく普通の光景でもあり、ヒヤリとさせられる。歪んだ関係があらわになり、涼しげな顔をしていた桃子が次第に変貌していくさまは圧巻。
「映画でも舞台でも、この人は何を考えてるんだろう?と思わせてくれるようなものが好みです。お芝居をしていると、どうしても不安になって、この場面でこの人はこういう感情ですよと説明したくなってしまいます。でも、実生活ではみんな自分の気持ちを丸出しにしながら生きてはいないですよね?」
疲れも見せず、穏やかに話しているが、近年の出演本数を見れば、尋常ではない忙しさであることは明白である。
「19歳で劇団東京乾電池に入ってから、自分としてはなんにも変わってないです。引っ越したり車を持ったりしたくらいで、感覚的には19のまま。このままでは漫然と年月が過ぎてしまうと、先日思い切って遠くに旅に出ました。でも何も変わらなくて“自分、おもんな(面白くない)!”と思ってしまいました。私は何を期待していたんでしょうね(笑)」
仕事から離れたくて遠くに行ったが、結局は仕事が好きなことに改めて気づいたという。
「最近、仕事場にいながら気持ちだけ家に帰る技を習得しました。家のソファに座っていると想像したら、一瞬楽になれるんですよ。そうして休み休み、うまいことやっています」